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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第5.5話 風呂とタオルとハイテンション

第5.5話 風呂とタオルとハイテンション 作:イベリコ豚丼

☆はじめに☆
【第○.5話】は本編と関係あるように見えて実際ほとんどなくてでも読んでいただければ後々ニヤリとできるそんな一人称視点でお送りするシリーズです。





人間、テンション次第でだいたいのことは出来る。
それはなにも精神的な話だけではなく肉体的にも言えることで、疲労や痛みが一定以上に達すると、人体は自動的に脳内ペプチドの一種である内因性モルヒネ—— エンドルフィンを分泌して脳を誤魔化すらしい。いわゆるランナーズハイというヤツである。
例を挙げれば、中学1年の夏。
その日、猛暑の影響がもろに出たサウナのような教室の中、クラスの男子一同はガンガンに浮き足立っていた。
理由は簡単。
合法的に女子の水着姿を拝める学生限定イベント、プール開きがついにやって来たからである。
示し合わせてもいないのに男子全員が始業1時間前に勢ぞろいしていたぐらいなのだから、みんながどれだけ期待に胸とズボンを膨らませていたかはもはや言うまでもないだろう。
制服の下に海パン着用は当たり前、男子水泳部という救いようもなく男臭い部活に所属していた横澤君に到ってはブーメランパンツ1枚で登校しようとしてセキュリティに補導されるほどの気合いの入りようだった。
教室に入ってきた樫井が一言「……絶え果てろ」と聞いたこともない暴言を吐いたけど、後々彼女の痴態も視姦することを思えばそんなものは興奮剤にしかならなかった。
なんといってもウチのクラスには当時13歳にしてEカップの大台に突入しており、ただそこにいるだけで男子を前屈みの体勢で拘束する【山脈職人《マウント・メイカー》】こと我らが委員長がいたのだ。
そりゃああのプロポーションにはビキニが似合うんだろうけど、スクール水着というのも乙なものなのである。想像するだけで色々とけしからんことになってしまいそうだ。(ちなみに、委員長はその時も学級委員長だった。ああいうのって毎回同じ生徒がならないか?)
しかし、3時間目の数学を終えた休み時間、体育教師が放ったある一言によって事態は急変する。

「女子がプールの授業の間、男子は外でソフトボール」

今から考えれば思春期に突入した子供たちへの当然の配慮だったのだが、小学校の流れで一緒にプールに入れると思っていた若かりし俺達はそんな大人の考えに思い到るわけもなく、絶望に泣き叫ぶ者、やり場のない憤りにもがき苦しむ者、逆に悟りを開いて座禅を組み出す者までいて、まるで性器末、違う、世紀末のような光景だった。
だが、俺を含めた少数の猛者たちはまだ諦めていなかった。
まだやれる、まだ我がムスコは闘える。
猛者たちはそんな闘志を静かに燃やし、どこぞの司令官のごとく手を組んでただ時を待っていた。決して勃っているがゆえに立てなかったわけではない。
狼狽えていたヤツらもだんだんとその存在に気付き始め、屋内プールの更衣室に出かけて行った女子たちと入れ替わりにブーメランパンツにバスタオルを巻いただけという奇天烈な格好(それで許されたらしい)をした横澤君が遅刻してきたことで、男達の覚悟は完全に決まった。
たとえ神が許さずとも、力を合わせて楽園《エデン》を垣間見ようじゃないか。
事情を察した横澤君のその言葉とともに、俺達は固い握手を交わした。
……一見格好良さげ見えるかもしれないが、ようは普通に見れないなら覗いてしまおうということである。
結束してから行動は驚くほど迅速だった。このときウラがおらず、計画の中核を担う俺を止める奴がいなかったことも暴走に拍車をかけた。
体操服を着てグラウンドに出た俺達は、とりあえずソフトボール用の金属バットで体育教師を昏倒させ、倉庫に放り込んだ。
目指すはグラウンドから校舎を挟んだ向こう側の屋内プール。
その道程を阻む壁は2つ。
屋内プールに行くには職員室の前を通らなければならないこと。
屋内プール自身が高いコンクリートの土台の上に立っていること。
そこで二十一人の男子を、教師を撹乱するチーム白スク、土台を超えるための足場となるチーム競泳水着、そして映画同好会の黒川君持参のハイビジョンビデオカメラで撮影を行うチーム紐こと俺の3グループに分けることにした。
まずはチーム白スクが十人同時に熱中症という無理がありすぎる嘘で先生方を翻弄し、その間に残りのメンバーが校舎を駆け抜ける。
続いてチーム競泳水着が組体操のピラミッドの応用で屋内プールの土台の前に素早く足場を組み上げる。
その背中を俺が駆け上がって換気のために開けられている窓から撮影を試みるという完璧な計画だったのだが、ここでまさかの事態が起こる。
土台を担当するはずだった横澤君がマジで熱中症でぶっ倒れやがったのだ。
いやまぁ朝から炎天下の中セキュリティのお兄さんに半裸で叱られていたことを考えると仕方ないのかもしれないけど、だからってこのタイミングで倒れるか普通?
しかし、そんな横澤君に構っている余裕は無い。一人抜けて九人になったせいで4段ピラミッドが組めなくなった。3段ではギリギリ高さが足りない。だからといって4段組めば撮影中に崩落するかもしれない。まさに帯に短し襷に長しな状況に、みんなの間にどんよりと諦めムードが漂い始めた。
そんな嫌な空気を払拭するために、俺は言った。
俺が翔ぶ、と。
そう、このとき俺のテンションはすでにクライマックスだったのである。
俺の言葉を信じた九人の仲間たちは頂上を空白にした4段ピラミッドを組む。その上を限界まで助走をつけるように駆けた俺は、楽園へと続く窓を目指して、ラビリンスからの脱出を試みるイカロスのごとく、跳んだ。
重力に逆らい、ビデオカメラを持っていない方の手をアルミサッシの窓枠に伸ばす。汗で滑ってしまわないように指先には全身の力を込めた。
そして、ついに俺は窓枠を掴むに到った。人間、テンション次第でだいたいのことは出来てしまうのだ。
…………それで、問題の撮影がどうなったのかだが……うん、その、ね。
キャンプに興味がある人とかは知っていると思うんだけど、夏の日射しに晒された金属って無茶苦茶熱いのね。火を使わずに目玉焼きが焼けちゃうぐらい。
アルミサッシ、マジで熱かった。
掌が焼けただれるかと思ったもん。
結局俺は太陽で蝋細工の翼を溶かしたイカロスのように地面に墜落し、復活した体育教師の手で全員まとめて生徒指導室に連行されることとなった。

えーと、どうして冒頭からこんなどうでもいい思い出話を長々と語ったのかというと、実は現在俺は嵯峨野とのあれこれの反動で横澤君ばりにぶっ倒れているのだ。
昨夜は大量分泌されたエンドルフィンのおかげで委員長を家までおぶっていったりしたけど、普通に考えて鎖の束を全身で受け止めといて無事で済むはずないよね。いやほんと、テンションって怖いわ。
八千代ちゃんとひとつになっている(エロい意味ではない)おかげで背中の傷どころかズッタズタになった筋繊維まで完璧に治ったけど、疲労まで取れたわけじゃない。
ということで、今日は学校を休んで一日中ベッドで寝ていることにしたんだが…………まぁこれが暇で暇でどうしようもない。柄にもなく過去とか振り返っちゃったもん。
十分寝たから目は冴えまくりだし、テレビを点けても画面に首を向けただけで悶絶するし、本を読もうにも腕は上がらないしでもうこれ新種の拷問じゃないの? という有様である。
「……で? なにしてんの八千代ちゃん?」
枕に後頭部を埋めたまま眼球だけを横にずらして、なにやらごそごそとクローゼットを漁っている激マブ銀髪美少女八千代ちゃんを見やる。
はいそこ、ボギャブラリーが古いとか言わない。
「ん? いや、別に大したことではない」
言いながら、ビニール包装に入った学校のロゴ入りバスタオルを取り出してくる八千代ちゃん。
そのシリーズは手ぬぐいタイプのものも含めて大量に余ってるから全然使ってくれて構わないんだけど、いったいなにをするつもりなんだろうか。
はいそこ、『全然』の使い方が間違ってるとか言わない。
美少女とバスタオル。そのゴールデンコンビは男の子としてはやっぱりお風呂的なものを想像しちゃうわけだけど、まさかねぇ!
いくら元・チーム紐の俺でも自由に空を飛んで空気を食べる文字通り神のごとき美少女に、そんな風呂だけは普通みたいな都合のいい展開を期待するほど甘々なチェリーではないのだ。
どうせあれだろ? 回収した−Noを並べたいけどこんな散らかった床に直接置くのは嫌だからバスタオルを敷いてその上に、とかだろ? ふっ、真の漢なら美少女の考えぐらい読めちゃうのさ。
さぁ八千代ちゃん! その小さな唇から汚部屋に対する容赦の無い罵詈雑言を言い連ねてごらん!
「なに、そろそろ一度身体を清めておこうと思ってな」
「ぬぁにぃぃぃぃっっっっ!?」
俺の絶叫に八千代ちゃんが「騒がしいのう」と顔をしかめるけど知ったこっちゃない。いやそんな顔も可愛いけどね?
「え、なに!? 八千代ちゃんお風呂入るの!?」
「なんじゃ、妾が湯浴みをすることになにか問題でもあるのか」
「いやないよ!? ないないない! むしろ大歓迎さ! だけど予想外というかなんというか……。八千代ちゃんならわざわざお風呂に入らなくても体の汚れぐらい指先ひとつでちょちょいのちょいなんじゃないの?」
そう言うと、八千代ちゃんの顔がむ、と固まった。
「……まぁ確かに、かつての妾なら汚れなどそもそも発生すらさせんかったし、なんならこの世の水という水を風呂にすることじゃって出来た」
なにそれハンパねぇ。
「じゃが何度も言うておるように、今の妾は力の大半を失っておるのじゃ。現状では肌に付着した水分を蒸発させることもできん。身を清めることひとつとっても、人間の道具を色々と借りるしかないのじゃよ」
元々お主ら人間より汚れに強いゆえにそう何度も入る必要はないがな、と八千代ちゃんは続けた。
「なるほど……。ってことは今から我が家の風呂で世の男子垂涎のサービスシーンが上演されるわけか! いよっし! これは早速黒川君から借りっぱなしのハイビジョンビデオカメラで永久保存を————はっ!」
「お、気付いたか」
八千代ちゃんが俺を見ながらいたずらっ子のようにニヤニヤしている。
そう、俺が今どういう状態かお覚えだろうか。
サービスシーンを覗き見るには当然風呂場の近くまで忍び寄らなくちゃならないわけで。しかしながら、こんな全身オーバーヒート状態ではこの部屋から出ることすら叶わないわけで。というか、ベッドから下りただけで発狂すること請け合いなわけで。
そんな諸々の事情を考慮したうえで八千代ちゃんはこのタイミングでの入浴を決断したのだ。
「会うてからまだ3日も経っておらんが、お主の性格は大体読めた。というかわかりやすすぎじゃ。ふふん、お主ごときが見てよいほど妾の裸は安くはないわ」
くそぅ! 上がれ俺のテンション! 今こそ限界を超えるときじゃないか! あの夏の伝説を思い出すんだ!
「ではの。お主はそこで身悶えておれ。妾は悠々と風呂につかってくる」
駄目だ、このままじゃ本当に見逃しちまう。八千代ちゃんの口ぶりから次のお風呂は当分先になりそうだし、このチャンスを逃すのは惜しい。
明日ならこの疲労も癒えているはず。どうにかしてサービスシーンを明日まで引き延ばさないと……!
「あっ! 八千代ちゃんお風呂の使い方わかるの?」
そうだ、神のごとき美少女なら下賤なる人間風情の文化には疎いんじゃあないのか? きっと今までは一口飲むだけで不老不死になる水とかを使っていたに違いない。そして美少女の柔肌というフィルターを通すことでさらに価値を昇華させていたに違いない。
当然お風呂の使い方なんて知らないだろうし、なんならレクチャーするという体で一緒に入ったりとか……ぐふふ。
「当たり前じゃ。人間の作った道具など妾の前では玩具に等しい。あれじゃろう、蛇口というやつを捻れば水が出るのじゃろう」
……うん、まぁそうだよね。
八千代ちゃん、20年以上も人間社会を逃げ回ってきたんだもんね。そりゃあ人間の文化にも触れてるよね。授業の存在も知ってたし。
バタン、と部屋のドアが閉まった。
あぁ、4年越しの楽園が遠のいていく……。
まぁいい。まだまだ先になるとはいえ、チャンスが無くなったわけじゃない。失敗を次に活かしてこそ成功者になる秘訣。
とりあえず防水小型カメラでも買おうかな……とか考えていたら、ドアが開いて八千代ちゃんが帰ってきた。
「のう遊午、この家の風呂は壊れておるぞ」
「え、ほんと?」
そんな覚えはないけれど、もしかしてボイラーでも不調だったんだろうか?
と、八千代ちゃんが右手に持っていた白い塊を俺の顔の前に差し出してくる。
「捻ったらもげてしもうた」
「おぉっとそう来たか」
そこにあったのは根元がねじ切れた蛇口の栓(青色)だった。
「蛇口を捻れば水が出るのではなかったのか……?」
「あぁうん、そうなんだけど、回転方向が逆というか……」
今のでわかった。
多分八千代ちゃんは知識だけが先行しているタイプなんだろう。
授業は受けるもの。蛇口は捻るもの。そういう辞書的な意味は知っていても、実際にどう使うかまではわかっていない。人間にもたまにいるパターンだ。単語の後ろに『というやつ』と付けている時点で気付くべきだった。
「えっと、蛇口は反時計回りに回すものなんだよ」
「む、そうなのか」
蛇口に限らず、日常生活における回転するものは基本左回転だったはずだ。ネジとか、トイレの水とか。
「どうりで妙に抵抗してくるはずじゃ。ちょっとムキになって力を加え過ぎたわ」
「そこは一度考え直そうよ」
にしても、蛇口をねじ切る腕力か……。これはもう少しハラスメントを控えておいたほうがいいかもしれない。
「とにかく、残ってる赤い蛇口を正しく捻ればお湯が出るから。水は出せなくなったから温度調節は出来ないけどさ」
「それぐらいは構わん。ではもう一度行ってくる」
「ん。いってらっしゃい」
再度ドアがバタンと閉まる。
……っておい! なにを俺は親切にレクチャーしているんだ! 今の無知を上手く利用すれば一緒にお風呂に入れたかもしれないじゃないか!
くっ、美少女に頼られるとどうしても優しくしてしまうのは悪い癖だ。

しばらくベッドの上で微動だにせず『風呂場完全監視下計画』を練っていると、階下からトポトポと風呂桶にお湯がたまる音が聞こえてきた。どうやら今度はちゃんと出せたみたいだ。
トポトポ。トポトポ。
トポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポトポ————いや長いわ!
と思ったら、まだドアが開いた。
「のう遊午、止めようと思ってさらに捻ったらまたもげたぞ」
「だからなぜ逆に回すという発想にならない!」
やめて! 風呂のライフはもうゼロよ!
てか冗談言ってる場合じゃなくて、ほんとどうしよう。蛇口がもげた場合のお湯の止め方なんか知らないぞ?
このままでは1階が水びたしになるのは時間の問題だけど、八千代ちゃんに修理出来るはずないし……むしろ頼んだら今度は風呂桶を破壊したりしそうだし……。
その時、唐突に玄関のチャイムが鳴った。
インターホンのカメラが撮影した映像は同期させたD-ゲイザーでも確認出来るので、八千代ちゃんに学習机の上からD-ゲイザーを取ってもらった。
画面に映っていた人影を見て、すぐにマイクをつなぐ。
「よう。どした委員長?」
『あ、白神くん? えぇっと、今日白神くん学校に来てなかったから、心配になって見に来たんだけど……。……なんだか忙しそうだね。お邪魔、だったかな……? そ、そうだよね……。わたしなんかが来ても邪魔なだけだよね……。うぅ、それじゃあ私はこれで……』
「ちょぉっと待ったぁ!」
『ひゃい! な、なに……?』
迫りくる堤防決壊に焦っていたら、なぜか委員長が自己完結して帰ろうとしたので急いで引きとめる。
「邪魔どころかベストタイミングだぜ委員長! 玄関の鍵は開いてるから今すぐ入って来てくれ! そして風呂場へGOだ!」
『ふ、風呂場!? そそそそれはちょっと性急過ぎるというか今日はそんなつもりじゃなかったから心の準備ができてないというか学校帰りで着替えの用意も持ってないというか……!』
「あぁ、それは大丈夫。着替えは必要ない」
『必要ないの!? それは今夜は帰さないぜ的なそういう意味で!?』
うん。たまに委員長って何言ってっかわからんときがあるな。
「えーっと、とにかくだな。風呂の蛇口がぶっ壊れてあわや家庭内大洪水の危機だからどうにかしてくれないか? たしか委員長こういうのも出来ただろ?」
『あ、あぁそういう……。うん、それぐらいなら大丈夫だと思うよ』
そうなのだ。委員長には家事に関わることなら業者クラスの仕事までだいたいこなせるという素敵スキルがあるのだ。嫁にしたい。
ガチャリ、と玄関が開く音がして、足音が風呂場へと進んでいく。委員長がウチに来るのは初めてではないので、慣れた足取りだ。
数十秒後、水の音は止まった。
「ほぅ。あの女子、なかなかやるではないか。うむうむ、これでようやく風呂に入れる」
「まだ諦めてなかったんだ……」
三度ドアが閉まる。
入れ替わりに、そのドアが控えめにノックされた。
『白神くん、直ったよ』
「さんきゅーな。悪ぃけど今ちょっとドア開けられねぇから勝手に入ってくれ」
恐る恐るドアが開く。
「お邪魔しまー……わっ、大丈夫!?」
ベッドの上で天井を向いたまま固まっている俺を見て、委員長が驚く。
「ど、どうしたの? どこか悪いの?」
「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと疲れててさ」
「でもそれだけでそんな風になるなんて、そんな……」
そこで、委員長は何かを察したように顔を強張らせた。
「……もしかして、わたしのせい?」
「あ、いや、それは」
委員長の瞳がわずかに揺らいだのを見て、慌てて否定しようとする。
でもその前に、委員長が震える声で続けた。
「……やっぱりそうなんだね。なんとなんくそんな気がしてた。思い出せないけど、昨日の夜、白神くんはまた助けてくれたんだよね? なのに助けられたわたしはなんにも覚えてなくて、白神くんだけがいっぱい傷ついてるなんて、そんなの……そんなのって……!」
初めは寂しそうに、次は自嘲するように、最後は泣き出しそうに、委員長は言葉を繋ぐ。
あぁもう。女の子になんて表情させてんだ俺は。
昨日のことを委員長に話すつもりはない。
それは恩着せがましくしたくないってのもあるけれど、なによりこれ以上彼女を危険に巻き込みたくないから。
でも、それで彼女を泣かせていいことにはならない。男が女の子を泣かせるのはプロポーズのときだけでいい。
話はしない。涙も流させない。
無茶苦茶だけど、男にはそんな無茶苦茶を通さなくちゃいけない時がある。
「前に言ったようにさ、俺には俺の役目があって、俺はただそれを果たしただけなんだ。だから委員長が責任を感じる必要なんてどこにもない。それにほら、全然大したことないんだぜ? こうやって普通に起き上がったりもできファ————ッッッ!!」
いってぇぇぇっ! ちょ、やば、むりむりむり! なんか全身鳥についばまれてるみてぇ! いやついばまれたことないけど! いかん、折れる! 骨じゃなくて心が折れる!
でもちくしょう、笑え俺の馬鹿野郎! 委員長に悲しい顔させてんじゃねぇ! 両手両足が蛇口のようにもげようが、無理矢理にでも笑顔を向けろ! ほんとに大丈夫なんだって、委員長は少しも悪くないんだって、そう思って笑ってもらうために、まずは俺自身が笑うんだよ! テメェも男なら、根性見せろや白神 遊午ォォォッ!!
「ッ! ……な、大丈夫だろ?」
歯の根をガチガチ鳴らしながら壁に背中を預けて笑う俺に、委員長は一瞬面食らっていたけど、やがて天真な笑みを浮かべてくれた。
無意識に釣られただけかもしれない。
俺に気を遣っただけかもしれない。
だけど確かに笑ってくれたのだ。
それだけで彼女に惚れ直してしまうような、そんな笑顔で。
やっぱり、女の子は笑った顔が最高だぜ。

それからしばらく他愛のない話で盛り上がっていた俺たちだったが、ふと委員長があることに気付いた。
「わ、白神くん汗びっしょり」
言われてみると、さっきの格闘もあって全身に結構な汗をかいていた。
「もしかして、これからお風呂入るとこだったの?」
「ん? あぁ、まぁそんなとこかな」
入るのは俺じゃないけどね。
「でもそんなに疲れてるなら、お風呂まで行くの大変じゃない? ……あれ? でもそしたらどうやってお湯出したんだろ?」
「あぁ、それは八千代ちゃんが……」
言いかけて、口を閉じる。
そういえば、委員長には八千代ちゃんの姿は見えないんだった。
もしここで「ウチに住んでる美少女がたまのお風呂に入るためさ!」とか宣おうものなら、またぞろ聖母の優しさで慰められてしまうだろう。それはそれで嬉しくはあるのだが、さすがにイタい子認定は困る。
女の子に嘘を吐くのは忍びないけど、今回だけは見逃してもらおう。
「それはあれだよ、あのー……野犬?」
「野犬!? 野犬がお風呂場に入ってきたの!?」
うん、明らかに嘘のチョイスをミスったな。なんだよ野犬って。こんな住宅街にいるわけないだろうが。
でも言ってしまったものはどうしようもない。消えない過去を後悔するより、ここは新たな嘘で未来を切り開こうじゃないか。
「いやいや、本物の野犬じゃなくって、その、野犬の霊というか」
「もっと大変だよそれ! 呪われちゃうよ!」
嘘が下手過ぎるだろ俺。野犬の霊、むしろ見てみてぇわ。
「と、とにかく、そんなこんなで蛇口がイカれちゃったんだよ」
「6文字でまとめていいような内容じゃない気がするけど……。……えぇと、じゃあわたしが拭いてあげよっか?」
…………なんですと?
「お風呂まで行くの辛いんだよね? ならわたしがお湯を汲んできて、タオルかなにかで汗を拭ってあげるよ。その、昨日のお礼、ってことで……」
「本気か委員長?」
「え? う、うん」
なんだなんだ、八千代ちゃんのサービスシーンを見逃したときは運命を恨んだものだったが、ようやく俺にも運が回ってきたみたいじゃあないか。
こういうのは長期入院イベントを発生させない限り不可能だと思っていたのに、意外とその辺に転がってるものだったとは!
いいよね、汗拭きイベント! なにより女の子の前で合法的に半裸になれるっていうのが最高だ!
背中を拭いていたのが、なんとなく流れで下も脱ぐことになって…………あとは、わかるな?
さすが【山脈職人】。マイサンが疲労なんかもともと無かったかのように元気になってきやがったぜ。
「そんじゃたっぷりしっぽり頼む。洗面器は風呂場にある。タオルはそこの学校のやつを使ってくれ」
「あ、これだね」
委員長は八千代ちゃんがバスタオルを取り出したまま開けっ放しになっていたクローゼットの引き出しから新品のタオルを1枚取り出すと、部屋を出て行った。
俺はその間にマイサンと対話する。
おいおい、早く遊びたいのはわかるが、ちょっと元気過ぎやしないかい? お前の出番はもう少し後なんだ。今からそんなことになってちゃあ身が持たないぜ? 主に委員長の。
とその時、階下からもの凄い悲鳴が聞こえてきた。
突然のことにマイサンが縮み上がる。
続けて階段をバタバタと駆け上がる音がして、部屋に委員長が飛び込んでくる。
「し、しりゃ、しら、白神くん! れれれれいが!」
レレレレイガー? オノマトペカテゴリの新カードか?
「れいっ、霊だよっ! 野犬の霊っ!」
あぁ、なんだ霊か。
って野犬の霊? それは俺の嘘にしか存在しないキャラクターのはずだぞ?
「お風呂にお湯が溜まってたからっ、そのお湯を使おうとしたらっ、誰かが入ってるみたいにパシャパシャって勝手に跳ねてっ!」
「馬鹿なっ! 野犬の霊は実在していただと!?」
……いや、待てよ。誰かが入ってるみたいにって、もしかして本当に入ってるじゃないのか? 具体的には八千代ちゃんが。
さっきも言ったように、委員長には八千代ちゃんは見えないのだ。八千代ちゃんがお風呂に入っているのを霊が水面を叩いていると勘違いしてもおかしくはない。というか本当にそれが真相だろう。
「えーと、委員長。風呂桶の端の方からすくったら多分大丈夫だ」
「そ、そういうものなの? 」
それなら体の小さい八千代ちゃんに接触するようなことはないはずなので、俺は頷いておく。
「恵方かなにかなのかな……?」と首を傾げながら、委員長はまたしても風呂場へと下りていった。

萎縮したマイサンが周囲の様子を伺うように頭をもたげ始めた頃、委員長がお湯を張った洗面器を持って部屋へと戻ってきた。
町内会のロゴが入ったタオルをその中に浸し、絞って水気を切る。
「えぇっと、ま、まずはシャツを脱いで、ください……」
緊張しているのだろう。委員長が不必要に敬語になる。
ここは緊張をほぐすためにも俺が男らしくシャツを脱ぎ去って————いや腕上がんねぇわ。
どうやらさっきのハイテンションを持ってしても限界が来たらしい。
「……ごめん、ちょっと無理そう」
「あ、そ、そうだよね! そ、それならわたしが……脱が、して……」
言った委員長の顔がぐんぐん赤くなる。それでも、ベッドの上によじ登ると、壁にもたれる俺の体を横に向け、シャツを掴んで引っ張り上げてくれた。
「そ、それじゃあ拭いていき、ます……」
ひたり、と背中に湿った布地が触れる。同時に背中から汗が引いていくのがわかる。繊維の向こうで委員長の柔らかい手が動くと、それに合わせてタオルも上下した。
これは…………凄いな。
他人の汗を拭くというのは実はそこそこ重労働で、男でもだんだん腕が疲れてくる。それを女の子がするともなると結構大変なのだ。
つまり、なにが言いたいかというと……その、ね。
背中に委員長の息がかかるわけよ。それも蒸気で湿った艶っぽい吐息が。
その様はまるで委員長が俺に欲情しているかのようだ。
なんだこれ、たまらんぞ!これってこんなに背徳的な行為だったのか!? 怯え気味だったはずのマイサンが瞬く間にギンギンじゃあないか!
やがて委員長の手が背中から右腕へと移動していく。
委員長の性格を体現するかのように、優しく腕を這うタオル。肩から肘へ、肘から手へ。そこまで行くと、また肩へと戻ってくる。
さらには拭きやすくするためにタオルを持っていない方の華奢な指先が腕の下に添えられている。
まずい、このままではまだ何もエロいことはしていないはずなのに果ててしまいそうだ。
マイサンよ、どう思う?
問いかけると、マイサンは直立不動の姿勢で頭をこちらに突きつけて、態度で何かを伝えようとしてくる。
オーケーオーケー。俺には伝わったぜ、その心意気。本番まで我慢しようってんだな? 仕方ない、お前がそう言うなら付き合ってやろうじゃないか。
右腕の後は左腕へ。こちらも慈しむように拭いてくれる。
それが終わればメインディッシュ、体の前面のターンだ。
どうしてメインディッシュなのかは言うまでもない。
考えてもみたまえ。ただでさえこんなに興奮するのに、前に来れば神々の霊峰までが拝み放題なんだぜ? これを至福と言わずになんと言う!
そんなことを考えているうちに、左腕も吹き終わる。
「つ、次は前、だね……」
ごくり、とどちらともわからぬ喉が鳴る。
委員長は一度床に下りて、俺の前に座りなおした。ひよこ座りの反動でスカートからわずかにむっちりとしたふとももが覗く。
時は満ちた。今こそ革命の時。
「…………おぉ」
いかん、思わず声が出てしまった。
いやでもこれはどうしようもないよ?
俺の体を拭くためには両腕を胸の前で合わせなくっちゃならない。
それが委員長の霊峰にどういう影響を及ぼすか、親愛なる紳士諸君なら容易に想像できるだろう。
なんという雄大な山々。なんという大自然の神秘。地球に生まれてよかったぁーっ!!
委員長が気付いていないのをいいことに、圧を受けて強調された胸をガン見する。この15分弱だけで委員長の痴態シリーズがvol.56から72にまで達した。
まさに至高。
これにはマイサンももっこり、違う、にっこ…………あ。
「…………あっ」
ほぼ同時に、俺の下腹部に視線をずらした委員長が小さく叫声を漏らした。
何が起きたか。
ナニが起きてんだよ。
言ってる場合か。
「い、委員長、これは、その……」
言い訳を口にする前に、委員長はズザザァッ! と目にも留まらぬ速度でベッドの端まで後ずさる。
ですよねー。
「だ、だだだだ大丈夫だから! ぜぜ全然気にしてないから!」
そういう委員長の顔は今にも爆発してしまいそうなほどに真っ赤っかだ。
「えと、ごめん……」
「あ、謝らなくていいよっ! 男の子がそういう風になっちゃうのは聞いたことあるし、わ、わたしのせいでもある……んだよね?」
その質問にどう答えろと?
ここで「あぁ! 俺は君のどエロい姿に欲情していたんだ!」とでも答えた日には二度と天下の往来を歩けなくなるわ。
「だ、だから白神くんはなにも……きゃう!」
両手をブンブンと左右に振り回していた委員長が、可愛らしい悲鳴を上げてベッドから落下した。
着地点にはお湯が張られたままの洗面器があって。
「あぅぅ…………」
思いっきり洗面器をひっくり返した委員長は、頭の上からつま先までびしょびしょになった。肩口で切り揃えられた黒髪の先から水が滴る。
幸いお湯はもうぬるくなっていたようだが、そんなことに気を回せるほど俺の理性は残っていなかった。
美少女+水で透けた服+うっすら見える桃色の下着+ちょっとした釘ぐらいなら打てそうな硬度に達したマイサン=今世紀最大の大噴火
「いやっほぉぉぉぅぅぅっっっ!!」
大地に磔にせんとする疲労感を無視して、あの夏を超える勢いでベッドから跳び立つ。
ついさっきまでの俺ならここで即座にのたうち回っていたところだろうが、テンションがリミットオーバーした今では全身を駆け巡る激痛すら心地よかった。
空中でバランスを整え、呆気にとられている委員長目がけて急降下を試みる。
「いやっほおぉぉぉぉォォォォオゲブゥゥゥッッッ!!!」
いきなり俺の体が部屋の壁をぶち破らんばかりに横滑りで吹っ飛んだ。
股間に走る千切れそうな痛み。この痛みを俺は知っている。いや、俺よりも、色々と理解不能な状況に目を丸くしている委員長のほうがもっとよく知っている。
「少し目を離した隙に時季外れの発情期を迎えるな阿保」
開いたドアのすぐ側に、頰を上気させ透き通るような銀髪からほかほかと湯気を放つ八千代ちゃんがこちらに向けて右手の掌を構えていた。
そして俺の股ぐらには1本の鎖。
そう、『−No.59 獄門のヴィルゴ』の鎖の槍である。
「ヒョフギフェッ(どうしてっ)!? ヒョフギフェハヒフォハンハフォフォヒハハフォッ(どうして八千代ちゃんがその力をっ)!?」
紳士諸君なら誰しも一度は体験したことのあろうあの鈍痛に、ろれつが回らない。
「回収した−Noは元は妾の力なのじゃぞ。自由に使えて当然じゃろうが」
「ヒョ、ヒョンファ……(そ、そんな……)!」



人間、テンション次第でだいたいのことは出来る。
逆に言えば、テンションが失せれば何にも出来やしない。
結局この日の俺は、胸もとを隠しながらそそくさと部屋を出て行く委員長を見送ることしか出来なかった。
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ギガプラント
委員長ちゃんもそれなりに抜けているところが好き。サービスシーンのようでギャグシーン…キャラクターの魅力もしっかり感じます。
しかしまぁ蛇口がぶっ壊れた風呂を直したりもできるのか…委員長ちゃんマジ万能。 (2017-08-28 13:58)
ター坊
遊路(16)「何!?風呂は嫁と入るものじゃないのか!?」(勝鬨感
煩悩ダダ漏れな遊午と知ってそうで無知な八千代ちゃんと読者の期待をバーニングソウルさせてくれた委員長が可愛らしいです。 (2017-08-28 21:49)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメントありがとうございます!
こういう純朴そうな子が実は頭の中は一番はじけてたりする。
シリアスシーンを続けていると脳内に住んでいるボケたい自分がこんなギャグ比率99%の話を書きたくて書きたくて暴走してしまいます。あ、私も大概はじけてたわ。
(2017-08-29 02:49)
イベリコ豚丼
》ター坊さん
コメントありがとうございます!
遊午「ちくしょう、このきゃっきゃうふふ甘々ピンクワールドの住人がぁぁぁ…………師匠と呼ばせて下さいお願いします‼︎」
私も同じくバーニングソウルしていたのか実は全話の中で今回が一番書き上げるのが早かったです。
(2017-08-29 02:54)

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