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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第5話 拳と支配と月明かり

第5話 拳と支配と月明かり 作:イベリコ豚丼

「っぜハァッ!」
遊午は倒れこむように階段の壁に体をあずけた。冷えたコンクリートが急速に体温を奪ってゆく。
溜まりに溜まった乳酸にあてられ、膝がガクガクと笑う。疲労で両手の指が痙攣する。
まったく鎮まる様子のない心臓の鼓動に合わせて、遊午は荒々しい呼吸を繰り返した。
化学室前から何段も階段を駆け上がり、幾度も廊下を走り抜け、いくつも教室を突破し、何度も校舎を渡り歩いた。
全身が絶え間なく悲鳴を上げている。
(なんっ……なんだよあれはっ! どう考えても人間技じゃねぇだろ!)
朦朧とする意識の中、遊午は数えきれないほど傍を掠めた金属の感触を思い出す。
化学教師兼CHESSのメンバー、嵯峨野 京治の右手から射出される鎖の槍。無数の南京錠をぶら下げたそれは、まったく弾切れする素振りなど見せずに遊午へと降り注いだ。
遊午は震える右手をなんとか持ち上げ、汗でびっしょりと濡れそぼった自分の頰へと触れる。
指先が体温とは別の熱源を感知する。
(っ!!)
同時に、刺すような痛みが遊午の頰を貫いた。
今度は右手を顔の前に持ってくる。おぼつかない視線で確認すると、指先は赤く濁った液体で染まっていた。
それが何撃目かもう数えるのも嫌になった頃、遊午は廊下の角を曲がりながら鎖の槍を避けた。だが攻撃範囲を見誤り、風圧で横倒しになった南京錠が遊午の頰を裂いていったのだ。
(クソったれ……!)
握った右手を階段に打ちつけようとしたが、その音が嵯峨野に届く可能性を考えて寸前で止める。
恐らく嵯峨野は逃げる遊午を無力化してからデュエルを挑むつもりなのだろう。−Noが手元に無い現状でそれだけは回避しなければならない。
(とにかく、さっさと八千代ちゃんを見つけねぇと……)
あと10秒。あと10秒経ったら立ち上がって、また学校中を駆けずり回ろう。
そう決心して、遊午は重い瞼を閉じた。
その時。

カツン

視界を封じたことで鋭敏になった聴覚が微かな音を捉えた。
靴底が校舎の床を弾く音。
(まずっ……!)
それが自分のいる階段の下から上ってきていることに気付き、慌てて体を起こす。
しかし、疲弊しきった筋肉が咄嗟の動きについていけるはずもなく、遊午は前につんのめった。無様にすっ転び、両手両膝を床で擦る。
摩擦で皮膚が熱を持ち、思わず顔をしかめた。
その目の前に、

カツン!

茶色いローファーが踏み下ろされた。
( …………ローファー?)
「あ、白神くん!」
可愛らしい声に顔をふり仰ぐと、そこには巨大な双子山がそそり立っていた。
まさかやまびこか。
「よかった、なんともなかったんだー」
いや、違った。
声はさらに先、黒髪を肩口で切りそろえた少女から発せられたものだった。
「い、委員長……!」
「あれ? どうしてそんなに汗だくなの?」
四つん這いで脂汗と冷や汗を流す遊午の姿に、麻理は小首をかしげる。
「な、なんでここに!」
「なんでって……ここ化学室だよ?」
目線をあわせるように中腰になった麻理は、遊午の斜め上を指差す。その延長線上には、確かに化学室の表札が掲げられていた。
どうやら気が付かないうちに元の場所へと戻っていたらしい。
「もしかしたら嵯峨野先生に怒られてるんじゃないかって思って見にきたんだけど、いらない心配だったみたいだね」
「あ、あぁ……」
穏やかに微笑みかける麻理に、遊午は曖昧な返事を返す。
と、遊午の脳裏を危機感がよぎった。
「っ、そうだ嵯峨野!」
「? 嵯峨野先生がどうかしたの?」
遊午は急いで立ち上がり、麻理の肩を掴む。手の甲を綺麗な黒髪がくすぐるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「委員長、今すぐここから離れろ! ここは危険なんだ!」
「に、逃げる? 危険? いったいなんのこと?」
肩をがくがくと前後に揺すられ、もちろん胸も暴れさせながら、麻理は不思議そうな表情を浮かべる。そりゃあ誰だっていきなりそんなことを言われても理解出来ないだろう。
だがとてつもない危険はすぐそこにまで迫っているかもしれない。
なんとかして麻理をここから逃がそうと、遊午は必死に説得を試みる。
「説明はあとでちゃんとするから! とにかく今は早く学校を出てくれ!」
理由を話している暇など無い。まずはなんとしても彼女を安全な場所に避難させなければならない。
「……えと、よくわからないけど、とりあえず学校を出ればいいんだね?」
「あぁそうだ!」
どうやら遊午の様子からただ事では無いことを察したようだ。こんなとき頭がいいのは助かる。
「それじゃ、白神くんも一緒に帰ろ。はい、カバン」
麻理が足元の学生カバンを拾って手渡す。逃走中にどこかで落としたとは思っていたが、初めも初めだったようだ。
「あ、いや、悪ぃ……。俺はまだやらなきゃならないことがあって……」
しどろもどろになりながら、遊午は学生カバンを受け取る。
「……ほんとに?」
「うっ……!」
麻理は訝しそうに遊午を見つめた。
すでに数十分も校門で待たせてしまっているのだ。疑われて当然である。
「じー…………」
「ううっ……!」
見透かすような視線に遊午はたじろぐ。
なんとか言い訳したいが、今はなにを言ってもむしろ逆効果にしかならないだろう。
「…………わかった。でもあんまり長くいちゃダメだよ。もう夜も遅いんだから」
「お、おう」
できの悪い弟を諭すように、麻理は遊午の額を華奢な人差し指でつつく。
「それじゃ、また明日ね」
一転、優しい笑みを浮かべてセーラー服を翻した。
遊午に向かって小さく手を振りながら、麻理は階段に足をかける。
「あぁ、また明日」
遊午も手を振り返す。
麻理の姿が階段の陰に消えていく。
どうやら嵯峨野は気付かなかったようだ。
ほっと胸を撫で下ろした遊午は————ヒュッ、という風切り音を聞いた。
「えっ……?」
目の前を白い物体が通り過ぎる。
それが直前まで会話していた少女だと気付いたのは、彼女の体がコンクリートの壁に激突したあとだった。
「い————」
壁面ではね返った少女の背中が弓なりに反る。その腹部からは当然のように鈍色の線がのびていた。
「————委員長ォォォォっっっっ!!」
少女の体が白い地面へと吸い込まれてゆく。柔らかい肉が打ちつけられる悲愴な音と、金属が互いに削りあう残酷な音が同時に響く。
「委員長っ! 委員長委員長委員長ッ!!」
疲労感などかなぐり捨てて、遊午は喰らいつかんばかりに麻理に駆け寄った。手に持った学生カバンを無茶苦茶に放り出す。麻理の小さな肩を抱き上げ、何度もゆする。だが、返ってくるのは抜け殻のような感触だけだった。
「委員長……! なんで……っ!」
ついさっきまで、普通に笑っていたのに。
ついさっきまで、優しく叱ってくれていたのに。
なのになんで————!

「あん? 音がしたから白神かと思ったんだが……。どうして九津がいるんだ?」

乾いた靴音とともに、眼前の階段から低い声が走る。
グレーのスーツに身を包んだ、灰をかぶったような長身の男。
無防備な少女に鎖の槍という圧倒的な暴力をふるった嵯峨野 京治は、くすんだ瞳でそう漏らした。


踊り場に立ち入った嵯峨野は不快なものを見るように首を捻る。
「しかも肝心のオマエには当たらなかったのか。ちっ、苛つく……」
的を外されたような感覚に、思わず眉をひそめる。
「まぁいい。この距離なら外さんだろ」
すっ、と右腕を持ち上あげ、俯いたまま麻理を見つめている遊午に照準を合わせた。
「最後の警告だ。今すぐデュエルに応じるなら、骨は許してやる」
右手を微調整し、ちょうど遊午の心臓に重なる位置で掌を止める。それでも、遊午は微動だにしない。
「オレは気が短いんだ。3秒以内に決断しろ」
デュエルディスクをはめた左手を首に添えた嵯峨野が、カウントを開始する。
「3、2、い——」
「…………れよ」
「……あぁ?」
小さな呟きが最後の数字をかき消した。
「なにか言ったか?」
首から手を離した嵯峨野はぞんざいに質問を投げる。まだ遊午の表情は見えない。
「委員長に……謝れよ」
呟きはわずかに声量を増し、ようやく聞き取れる程度になる。
嵯峨野は一瞬呆気にとられていたが、すぐに嘲笑うように鼻を鳴らす。
「どうしてオレが謝る必要がある。勝手に割り込んできたのはソイツだろうが。ったく、水を差しやがって。むしろ謝ってほしいのはこっちの——」
「いいから謝れっつってんだろうが! はり倒すぞ!」
遊午の怒声に嵯峨野の片眉がひくついた。一気に眉間に皺がより、右腕の筋肉に力がはいる。
「時間切れだ。手始めにあばらをへし折ってやる」
ヒュッ、という風切り音を残して、鎖の槍が遊午の心臓へ喰らいつかんと飛び出した。

だが、轟音が鳴り響いたのは、遥か廊下の先からだった。

「な……に……っ!?」
嵯峨野は大きく目を見開いて廊下を凝視する。いつもの炸裂音ではない。
見れば、鎖はのたくる蛇のような動きで白い床を滑ってゆく。
困惑を拭えないまま目線を素早く遊午に引き戻す。
胸のあたりで、彼の右手が裏拳気味に構えられている。その拳のでっぱりは皮が剥がれ、肉が削がれ、痛々しいまでに血が流れ出していた。

まるで、硬い金属を薙ぎ払ったかのように。

「まさかオマエ……っ! いや、そんなことが……!」
ありえない。鎖の弾速は人間の動体視力をはるかに超えている。ただ避けるだけならまだしも、その躯幹をとらえることなど出来るはずがない。ライフルの射線がわかることと、実際に弾丸を掴めることでは次元が違いすぎる。
だからこそあれは人智を超えた力《マイナスナンバーズ》の副産物なのだ。
(それをこのガキは拳1つで防いだってのか!?)
あまりに受け入れがたい事実に、嵯峨野の額に脂汗が噴き出す。
「——上等だクソ野郎」
麻理の体を壁にもたれかけさせ、遊午はゆっくりと立ち上がる。
「ウィングリッターがあるとかないとかもうどうだっていい」
閉じた拳に憤怒を握り、頭蓋が軋むほどに歯を喰いしばる。床に転がった学生カバンから荒々しく取り出されたデュエルディスクとD-ゲイザーが、それぞれ所定の位置へと納められた。
「テメェは——テメェだけは今ここでブチのめす!!」
両者のデュエルディスクが軽快なポップ音を奏で、緑の液晶に文字が浮かび上がる。

『ARビジョン、リンク完了』

薄青色のARフィールドが展開し、周囲一帯と対面する2人のデュエリストを包みこんだ。

「デュエル!!」

YUGO 4000
———VS———
SAGANO 4000

「ブリックナイトを攻撃表示で召喚!」

ブリックナイト ☆4 ATK ?

「ブリックナイトが召喚に成功したことで、手札の2体のブリックナイトも特殊召喚できる!」

ブリックナイト ☆4 ATK ?

ブリックナイト ☆4 ATK ?

「ブリックナイトの攻撃力は、俺のフィールドのブリックナイトの数によって決定される! 今ブリックナイトは3体。攻撃力は3000だ!」

ブリックナイト ☆4 ATK 3000

ブリックナイト ☆4 ATK 3000

ブリックナイト ☆4 ATK 3000

遊午のフィールドに横一列に並んだ3体の小さな黒い騎士が、各々の剣を重ね合わせる。交差した箇所からぬばたまの闇があふれ、ブリックナイトたちをふた回り大きな騎士へと成長させた。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
黙って遊午の手際を眺めていた嵯峨野は、横目で左腕のデュエルディスクへと視線をやり、デッキの上から1枚引き抜く。
「オレのターン。まずはパッドフロッグを召喚」

パッドフロッグ ☆2 ATK 800

「パッドフロッグは、装備カードとしてフィールド上のモンスターに装備できる。オレは、右端のブリックナイトにパッドフロッグを装備する」
首に南京錠を引っかけたパッドフロッグがブリックナイトへと飛びつく。直後、カメレオンが景色と同化するようにパッドフロッグの姿が南京錠と一体化し、ブリックナイトの胴にぶら下がった。
「パッドフロッグを装備したモンスターの攻撃力は800ポイントダウンする」

ブリックナイト ☆4 ATK 2200

「さらに、モンスターの攻撃力が変化したこの瞬間、チェインヴァイパーは手札から特殊召喚できる!」
『シャアァッ!』

チェインヴァイパー ☆6 2400

「やれ、チェインヴァイパー。中央のブリックナイトに攻撃!」

チェインヴァイパー ATK 2400 vs ブリックナイト ATK 3000

攻撃力の差を無視して飛びかかるチェインヴァイパー。もちろんミスではない。
「同時に、チェインヴァイパーの効果発動。このモンスターが攻撃するとき、相手フィールドの攻撃力がもともとの数値より低いモンスター1体を破壊する! 『イロード・ヴェノム』!」
チェインヴァイパーの鎖状の尾が、頭と別の意思を持ったかのように右端のブリックナイトに襲いかかった。狙いをつけられたブリックナイトは逃げようとするも、胴にかかった南京錠が枷となり、あっけなく四散する。
「数が減ったことで、残りのブリックナイトの攻撃力もダウンする、だな?」

ブリックナイト ☆4 ATK 2000

ブリックナイト ☆4 ATK 2000

問いかけに、遊午は応じない。
嵯峨野ももともと答えなど求めていない。ただやるべきことを淡々と処理していくだけである。適切な課題を正確に処理すれは必ず勝利できる、それが嵯峨野の持論だった。

チェインヴァイパー ATK 2400 vs ブリックナイト ATK 2000

ブリックナイトの振るう西洋剣を軽々と躱し、チェインヴァイパーは目の前の敵に牙を突き立てた。黒色の鎧が砕け、こちらも四散する。

YUGO 3600
———VS———
SAGANO 4000

ブリックナイト ATK 1000

ダメージを反映して、遊午にはデュエルディスク内部の衝撃再現装置《ショック・ビルド・システム》から擬似的な痛みが与えられているだろう。だからといって嵯峨野は攻撃の手を緩めるつもりはない。
「ついでにチェインヴァイパーのもう1つの効果だ。戦闘で相手モンスターを破壊したチェインヴァイパーは、このターンもう一度だけモンスターに攻撃できる。やれ、チェインヴァイパー!」

チェインヴァイパー ATK 2400 vs ブリックナイト ATK 1000

ぐりん! と180度身体を回転させたチェインヴァイパーがバネのように地面を跳んだ。
しかし、
「速攻魔法発動! ジャイローテーション!」

ジャイローテーション 速攻魔法

「フィールド上のブリックナイトをデッキに戻して、代わりにデッキから同じレベルのジャイロモンスターを特殊召喚する! 現れろ、ジャイロガーディアン!」
『ムンッ!』

ジャイロガーディアン DEF 2000

「ふん、防御に徹したつもりか知らんが、その程度のステータスでは、チェインヴァイパーの牙は受け止められんぞ」

チェインヴァイパー ATK 2400 vs ジャイロガーディアン DEF 2000

一度は攻撃が空を切ったチェインヴァイパーは、忌々しそうに唸りを響かせ、再度バネ仕掛けのように跳びかかる。
だが、牙が肉体へと達する直前で、ジャイロガーディアンの盾が大きく膨れ上がった。
「!」
障壁に真正面からぶち当たったチェインヴァイパーは反作用で跳ね返り、薄青みがかった床の上を滑って嵯峨野の足元へと戻ってくる。
「俺のフィールドにジャイロガーディアン以外のモンスターが存在しないとき、ジャイロガーディアンは破壊されない」
「……ちっ」
これ以上は無意味とみて、嵯峨野は憮然とともにひとまず矛を収める。
遊午のフィールドを一掃できなかったとはいえ、アドバンテージの差は歴然だ。後攻1ターン目としてはなかなかといったところだろう。
(ただ……)
品定めするように眼前の対戦相手を睨む。
遊午の表情はデュエル開始から変わっていない。
それはまぁいい。まだデュエルは始まったばかり、たかが400程度のライフの差を逆転する方法などいくらでもあるのだから。
嵯峨野が気になるのはその表情に含まれているのが余裕ではなく、意志であるように思えることだ。
劣勢だからどうしたと言わんばかりの、強固な意志。
(だとすれば折るのが面倒だな……。苛つく……)
余裕ぶっているだけなら圧倒的な力の差を見せてやればいい。それだけですぐに顔を引きつらせる。
だが、怒りにまかせて向かってくるような相手はどれだけ痛めつけようがなりふり構わず牙を剥いてくる。手負いの獣は、なにをしでかすかわからない。
もう一度心の中で舌打ちをして、嵯峨野は手札のうちの2枚をデュエルディスクのスリットに差し入れた。
「カードをセットしてターン終了だ」
「俺のターン、ドロー。シャフトオックスを通常召喚!」

シャフトオックス ☆3 ATK 1800

「ここで、ジャイロガーディアンを守備表示から攻撃表示へと変更する!」

ジャイロガーディアン ATK 700

「そして、シャフトオックスの効果を発動! 攻撃表示のシャフトオックスは、自身の表示形式を変更することで、その攻撃力を味方へと分け与える! 俺は効果の対象にジャイロガーディアンを選択!」

シャフトオックス DEF 0

ジャイロガーディアン ATK 2500

盾を打撃武器としてわずかに斜めに構えたジャイロガーディアンの背後から、粉塵を巻き上げてシャフトオックスが迫る。両者が今にもぶつかろうとしたところでジャイロガーディアンが垂直に跳び、真下に踏み入ったシャフトオックスの背に跨った。
「バトルだ! ジャイロガーディアンでチェインヴァイパーに攻撃!」

ジャイロガーディアン ATK 2500 vs チェインヴァイパー ATK 2400

騎馬兵、いや騎牛兵となったモンスターはその勢いを微塵も減殺させずに一直線にチェインヴァイパーへと走り行く。
ジャイロガーディアンの盾が叩き潰すように頭上に振り上げられた。
しかし、それを黙って見ている嵯峨野ではない。
「罠発動、緊急脱皮《インスタント・モルト》!」

緊急脱皮 通常罠

「自分フィールドの爬虫類族モンスターのレベルを半分にすることで、ターン終了時まで破壊に対する耐性を与える!」

チェインヴァイパー ☆3

「だがダメージは受ける!」
ピシリ! とチェインヴァイパーの背中に亀裂が走る。同時にジャイロガーディアンの盾が降ってくるが、そのときには既にチェインヴァイパーは真後ろへと引き下がっていた。抜け殻だけが粉々に砕け散る。

YUGO 3600
———VS———
SAGANO 3900

抜け殻の破片の1つが嵯峨野をかすめる。デュエルディスクが小さく震えた。
「……ターン終了とともに、ジャイロガーディアンの攻撃力は元に戻る」

ジャイロガーディアン ATK 700

「低い攻撃力を晒すか。ここでチェインヴァイパーを破壊出来なかったのは想定外だったか?」
もちろん、遊午は無言のままである。
嵯峨野はさっきまでの懸念を杞憂だったか、と思いつつも、気を抜くまではしない。
やるべきことを淡々と。いつでもそれは変わらない。
「シリンダーフロッグを召喚」

シリンダーフロッグ ☆2 600

「パッドフロッグ同様、シリンダーフロッグも装備カードとしてモンスターに装備できる」
シリンダーフロッグがシャフトオックスの背中に張り付き、前方後円型の鍵穴へと姿を変えた。
「そして、シリンダーフロッグを装備したモンスターの表示形式は、強制的に攻撃表示となる!」

シャフトオックス ATK 1800

ここでへし折る。そう決めた嵯峨野の右手に力がこもる。
「バトルだ! やれ、チェインヴァイパー!」
『シャァッ!』

チェインヴァイパー ATK 2400 vs ジャイロガーディアン ATK 700

今度は盾を構える時間も与えずにチェインヴァイパーが喉元に巻きつく。ジャイロガーディアンの太い首がゆっくりとしまってゆく。抵抗虚しく、やがてポリゴン片となって飛び散った。

YUGO 1900
———VS———
SAGANO 3900

「モンスターを破壊したことで、チェインヴァイパーの効果発動! シャフトオックスに2回目の攻撃!」

チェインヴァイパー ATK 2400 vs シャフトオックス ATK 1800

床に縫い付けられたように這いつくばるシャフトオックスの背中に鋭利な牙が突き刺さる。
チェインヴァイパーの毒によって体が膨れ上がり、ゴパァッ! と派手な音を立てて内側から炸裂する。

YUGO 1300
———VS———
SAGANO 3900

粉塵立ち込める中、嵯峨野は久しぶりに満足を覚えていた。
トリプルスコアのライフ。
思い通りにできたプレイング。
そして、自分が確実に相手の上に立っているという優越感。
彼の階級《キャリア》、城の21《ヴェントゥーノ・ディ・ルーク》は決して高い称号ではない。
CHESSの構成は上から順に、王《キング》、女王《クイーン》、僧侶《ビショップ》、騎士《ナイト》、城《ルーク》、兵士《ポーン》となっている。CHESSは完全実力主義で、結果さえ出せば着実に階級は上がり、地位が上になればなるほど行使できる力も増えていく。
以前の嵯峨野は常々自分の扱いに不満を持っていた。
自分は城ごときにいていい人間ではない。こんな−Noを発現させれば誰でも入れるような、名ばかりの役職におさまる器ではない。
いつか必ずのし上がる。王にだってなってやる。
そう思い続けていた。
生まれつき負けず嫌いだった嵯峨野は燃えに燃え、一度は僧侶にまで登り詰めた。
やっとここまで来た。あと2つ。あと2つ、必ず登ってやる。
そんな嬉しさと野心の入り混じった感情が当時の嵯峨野の中に渦巻いていた。
その半年後、とある少年が組織に入隊する。
まだ10歳にもなっていないような子供が自分から志願してきたということで、嵯峨野は興味を惹かれ、兵士として雑務をこなすその少年を覗いてみた。
そのときのことを、嵯峨野は生涯忘れたことはない。
己の人生で初めて、闘う前に敗北を味わった日のことを。
隠しきれない圧倒的な気迫。オーラとも呼ぶべき少年のそれは、嵯峨野におぞましいほどの黒さを感じさせた。
路地裏のごろつきが頑張って醸し出す雑多な黒さではない。この世になんの希望も持っていないかのような底なしの黒。
その質量に気圧され、頭ではなく心が本能的に負けを認めてしまった。
こいつには勝てない。どれだけ努力を積もうとも、どんなに策を労しようとも、絶対に勝てない。
この少年は、格が違う。
縮み上がった神経が、何度も何度もそう告げてきた。
その日を境に、嵯峨野のデュエルの腕は目に見えて落ちていく。
カードに触れるたびにあの少年が脳裏をちらつくのだ。デュエルに集中できるはずもなかった。
階級はどんどん下がり、すぐに城にまで戻ってきた。
それに反比例するかのように少年はめきめきと腕を上げ、嵯峨野の脇を抜けて着々と階段を駆け上がってゆく。
嵯峨野はそれを呆然と見つめることしか出来なかった。
もう王を目指そうという気力も失せていた。当時持っていた−Noも、主を見捨てたように白紙のカードに戻った。当然、兵士に堕ちた。
だが、兵士に堕ちたことで嵯峨野に転機が訪れる。
衰えはしたものの、僧侶であったことさえある嵯峨野は兵士のトップである兵士の1《ウノ・ディ・ポーン》に命じられたのだ。
兵士の中という小さな枠組みではあったが、誰もが嵯峨野の言うことを聞いた。その世界の中でなら、王になれた。
それが嵯峨野には快感だった。
CHESSの中で兵士の数が最も多いことも幸いした。
誰一人自分に口出ししない。全てが自分の思いのまま。
彼は支配の味を覚えた。
その瞬間、再度−Noが発現した。ただ頂点に立つことだけを考えていたあの頃とは違う、新たな−No。
支配欲を体現するかのような、鎖の−No。
結果、嵯峨野は城へと舞い戻ることになる。兵士の1の座を捨てるのは惜しかったが、システムだというのだから仕方がない。支配力は落ちるが、城からだって兵士は従わせられるので、受け入れた。
もう上は見ない。下だけを見て生きていく。そんな誓いにも似た感情とともに。
化学教師を勤めたのもそのときだった。
教師という立場にいれば、生徒は誰も逆らわない。自分の気の赴くままに、自分のやりたいように振る舞える。それが嵯峨野には心地よかった。
だからこそ、彼はその支配に抗う者を嫌う。
自分の命令を聞かない。好き勝手に騒ぐ。言いつけを守らない。
そんな生徒を見ると、嵯峨野は無性に腹が立った。
なんなんだこの豚どもは。
どうして俺の指示通りに動かない。
どうして俺に屈しない。
苛つく。
苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく。
————支配、しなければ。

「……本当に苛つくぞオマエは」
嵯峨野は煙が晴れた先を睥睨しながら呟いた。
その視線を睨み返してくる眼光がある。
モンスターを一掃されても、ライフを半分以上削られても、決して揺らぐことのない白神 遊午の双眸である。
(反抗的な眼……オレが一番嫌いな眼だ)
嵯峨野は苛立ちを噛み潰すように歯ぎしりする。
「3秒以内にその眼をやめろ。これは警告じゃあない。ただの命令だ。従わなければ——」

「従わせてぇなら、力ずくでやってみろよ」

遊午が、応えた。
「3秒なんざ待つ必要はねぇ。俺の態度が気に入らないっつうんなら、−Noだろうが鎖の槍だろうが使ってこい」
全身から立ちのぼる怒りを、言葉の端々にまで行き渡らせながら。
「それとも、ただの虚仮おどしか?」
「——潰す!!」
嵯峨野はブチィ! と自分の血管がちぎれる音を確かに聞いた。すすけた髪を振り乱し、犬歯を剥き出しにして咆哮する。
「オレのフィールドにチェインヴァイパーが存在することで、手札のバインドアダーは特殊召喚できる!」

バインドアダー ☆3 ATK 1100

「ガキの分際で粋がってんじゃねぇぞ! オレに楯突くことがどういうことかを教えてやる!」
スーツを乱暴にひき剝ぐ。激昂に合わせて、ワイシャツに隠れた左腕が荒々しい光を放ち始める。
「2体の光属性モンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
宙に生まれた銀河に、2匹の蛇が競い合うように身を投げた。渦が逆流する。

「現れろ、−No.59! 獄門のヴィルゴ!!」
ぽっかりと空いた渦の中心から、鐘楼を思わせる金属製の円筒が伸びてくる。上面に同じく金属で形どられた無機質な淑女の顔が乗るそれは、俗に『鉄の檻《アイアン・メイデン》』と称されるものだ。ギギキィィィッ! という地獄の門が開くような錆びた音を軋ませながら、鉄の檻の前扉が放たれた。開いた先に——なにかがいる。今はどす黒い闇しか見えないが、確かにいる。と、扉の裏側から闇へと呑まれている夥しい数の鎖が動いた。初めはゆっくりと、しかし唐突にスピードを上げて、錨を引き上げるようにジャラジャラと動く。そして、鎖に引きずられてなにかが現れる。
目はボロボロの布で覆われ、口には猿ぐつわを噛まされ、薄汚れた肌に鎖を巻きつけた、女の上半身。扉の裏側から繋がった鎖は、むき出しの手に肩に腹に直接突き刺さっており、傷口の血はもはや乾いてしまっている。さらに延髄からもう1本、闇の中へ。極めつけに全ての鎖に等間隔で南京錠をぶら下げ、死の一歩手前で無理矢理生かされているその姿は、足をもがれた虫がもがく様子に似ていた。

−No.59 獄門のヴィルゴ ★3 ATK 1500 ORU 2

「これがオレの−No。オレの欲望の象徴だ」
辺り一面にすえた血の匂いが充満する。よく見れば、鎖の1本1本に赤黒い血の染みがこびり付いている。
「こいつの姿は未来のオマエだと思え。縛り、封じ、奪い、締め上げ、救いようもなく殺してやる」
今度はもう、脅しではない。
己の欲望の前に立ちはだかる障害はなんであろうと排除する。その覚悟がなければ、そもそも−No所有者になどなってはいないのだから。


(ランク3……攻撃力1500……2つのオーバーレイ・ユニットはどっちも残ったまま……)
傍目から見れば狂ったように怒って見える遊午だが、実は頭の中は驚くほどに冷静だった。
(−Noは−No以外のモンスターでは破壊できない……だけど、今俺の手元に−No《ウィングリッター》は……)
フィールドの状況、モンスターの情報、デッキに残るカードの種類、とれる行動パターン、デュエルに関わる全てが一点の曇りもなく頭に流れ込んでくる。脳内でそれらを組み上げて崩してを繰り返し、あるかもわからない勝利の道筋を探ってゆく。
(だったら……!)
そしてたどり着く。細い、細い、ともすれば見落としてしまいそうな、1つの可能性へ。
「俺のターン、ドロー!!」
掴んだ可能性が逃がすまいと、遊午は勢いよくデッキからカードを引き抜いた。これで、手札は3枚。
「自分フィールドにモンスターが存在せず、相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、ジャイロスイーパーは手札から特殊召喚できる!」

ジャイロスイーパー ☆6 ATK 2100

「続けて、手札からスターアジャスターを召喚!」

スターアジャスター ☆4 ATK 1500

「スターアジャスターの効果発動! 自分フィールドのモンスター1体を選択し、そのレベルを1つ変更する! 俺はスターアジャスター自身のレベルを、4から5に上昇させる!」

スターアジャスター ☆5

「まだだ! スターアジャスターのこの効果は、1ターンに2回発動できる! スターアジャスターのレベルをさらに1つ上昇!」

スターアジャスター ☆6

「レベル6が2体……報告にあった−Noじゃあないだと?」
嵯峨野の言葉を無視して、遊午は2枚のカードを重ね合わせる。
「レベル6、ジャイロスイーパーと、同じくレベル6となったスターアジャスターでオーバーレイ! エクシーズ召喚!」
空間が震え、小規模な銀河が爆発する。

「来い! ランク6、ジャイロヴェイパー!」
『フシュゥゥゥッ!』

ジャイロヴェイパー ★6 ATK 2600 ORU 2

肩のパイプから蒸気機関車のごとく白煙をまき散らし、獄門のヴィルゴの5倍はあろうかというバカでかい機甲兵が駆動する。黒光りする両拳が撃ち合わせられると、それだけで空気がビリビリと振動した。
「バトルだ! ジャイロヴェイパーで獄門のヴィルゴを攻撃!」

ジャイロヴェイパー ATK 2700 vs −No.59 獄門のヴィルゴ ATK 1500

再度パイプから白煙から噴射された。獄門のヴィルゴを押し潰さんと、重機のような掌が両サイドからさし迫る。
接触。一瞬遅れて轟! という烈風が吹き荒れる。

YUGO 1300
———VS———
SAGANO 2700

だが、
「オマエは前のデュエルで何も学ばなかったのか?」
まるでそこに殼でもあるかのように、掌は文字通り空を掴んでいた。むろん、内側にいる獄門のヴィルゴには指一本たどり着いていない。
ジャイロヴェイパーがさらに力を加えて締め上げようとするも、1ミリとてそこから先には進まない。
触れることすら許さぬ絶対の防御。
掌と殼の狭間に青白い電光が走る。
「−Noは−No以外のモンスターで破壊できない。格が違うんだよ。オマエと、オレのようにな。無駄な足掻きはやめて、さっさとオレに殺されろ」
烈風に嵯峨野の前髪が乱れ、その奥の瞳が露わになる。相変わらずの濁った瞳。
「あぁ、確かに無駄かもしれねぇな。これで終わりならよ」
「……なに?」
「この瞬間、オーバーレイ・ユニットを使用し、ジャイロヴェイパーの効果発動! バトルで破壊できなかった相手モンスターを、効果によって破壊する!」
「!!」

ジャイロヴェイパー ORU 1

遊午が届いた可能性。
モンスターによる、戦闘ではなく効果での破壊。
通じるかはわからない。効果も−No以外のモンスターによる攻撃の一部と見なされればそれまでだ。
それでも、賭けてみる価値はある。遊午はそう考えた。
「握り潰せ、ジャイロヴェイパー!!」
『ブシュァァァッ!』
ジャイロヴェイパーの白煙が勢いを増す。関節部分のポンプが高速で上下を始めた。じりじりと両手に込められる力が増してゆくのが目に見えてわかる。
と、ピシッという乾いた音とともに空間にひびが入った。その音を皮切りとしてひびはいたるところに広がってゆく。
見えない殼の中で、獄門のヴィルゴが逃れようともがきだす。だが、縦横に走るひびはもうどうすることもできない。
そしてついにその時が訪れた。
ガシャァァァンッ!! と強烈な破砕音が夜の校舎を反響する。
それは、見えない殼が砕けた音であり、同時にモンスターが破壊された音でもあった。

ただし、破壊されたのはジャイロヴェイパーの方であったが。

「気付いたことは褒めてやる」
歯車が飛び、ネジが千切れ、シャフトがへし折れ、パイプが引き裂け、ジャイロヴェイパーの両腕が先から順に崩壊してゆく。
「散々−Noを相手にしてきたオレ達には今さらすぎる話だが、以外に思いつかないもンだ。ついでに、最も有効な手段でもある。実際、ただの−Noなら今ので破壊されていただろう」
頑丈そうな肩口が破裂し、腕が肩からもげた。裂け口から覗くのは、幾本もの鈍色の線。
「だが、忘れてやしないか?」
バランスを失ったジャイロヴェイパーが膝から崩れ落ちようとする。が、それより速く胴体に次々と拳大の穴が空けられた。
「獄門のヴィルゴは−Noである前に、エクシーズモンスターでもあるんだぞ」

−No.59 獄門のヴィルゴ ORU 0

鎖の嵐が吹きすさび、巨大な機甲兵をただの鉄の塊に変えてゆく。それはまるで、禁忌に触れた背教者に天罰が下されるがごとく。
「オーバーレイ・ユニットを2つ使った『ブレイカー・パニッシュ』。カードを破壊する効果を無効にし、その効果を発動したカード自体を破壊する」
闇の中に鋼鉄の薔薇が咲いた。鎖の花弁が宙に浮く残骸を薙ぎ払う。
「結局、無駄な足掻きだったな」
全ての鎖が獄門のヴィルゴの元へと引き戻される。
そこにはもう、ジャイロヴェイパーの姿は跡形も無い。嵯峨野の言葉の残響が残るばかりだ。
「さらにこの瞬間、獄門のヴィルゴのさらなる効果発動。オーバーレイ・ユニットを解放したコイツの攻撃力は、3000になる!」

−No59.獄門のヴィルゴ ATK 3000

いつの間にか、獄門のヴィルゴを拘束していた鉄の檻が解体されていた。ジャイロヴェイパーの粉砕に使用された鎖はもちろんのこと、眼帯も、猿ぐつわも、そして、延髄と闇とを繋いでいた、最後の鎖さえも。無機質な淑女の顔がガランガランと床を転がる。
そして、

『キィィイィィャァァアァァッッッ!!』

「ッ!」
鼓膜を突き破るような金切り声に、遊午は思わず耳を塞いだ。音の爆風に皮膚が引っ張られる。
爆心にいるのがなんなのか、今さら考えるまでもない。
澱んだ虹彩。
血が染み込んだ歯。
灰で洗われた長髪。
ドレスのように纏った鎖の群れ。
薄汚れた背中に広がる黒翼。
堕ちた天使は叫喚する。神に許しを乞うように。怨嗟を連ねるように。ただただ叫び続ける。
「ラストターンだ。自分の無力さを噛み締めて、あっけなく逝け」
嵯峨野の右腕が横薙ぎに払われる。
その動きに合わせて獄門のヴィルゴの叫びが止んだ。
「獄門のヴィルゴでダイレクトアタック! 『葬送の羽根吹雪《レクイエム・フェザー》』!!」
ブン、という虫の羽音に似た低音が響く。
「魔法、陣……?」
遊午と嵯峨野の間に、幾何学な紋様が刻まれたオレンジ色の円陣が浮かんだ。その左右に、続けてブン、ブン、と同じ円陣が現れる。
だが、音は鳴り止まない。
それどころか加速度的に数を増やし、何重にも重なりあった魔法陣が瞬く間に4メートル四方の廊下を埋め尽くした。
そして遊午は、もう何度目になるかわからない、あの風切り音を聞く。

ヒュッ

何万という魔法陣から一斉に鎖の槍が発射された。
空気を裂き、空間を削り、鎖の槍はブリザードのように荒れ狂う。魔法陣から乱射される鎖の槍は1本ではおさまらず、無尽蔵に溢れ出して遊午を喰らう。
もちろんこれは嵯峨野の掌から射出されていたものと違い、あくまでARヴィジョンでしかないが、それでもデュエルをしている本人にとっては現実である。結局はダメージ量を換算した衝撃再現装置による後遺症も残らない擬似痛覚を感じるだけだとしても、猛獣に首を噛み千切られて体験をして平気でいられる人間がいるだろうか?
圧倒的質量の恐怖が生み出す精神への負担が、実際以上のダメージとなる。
だから、ただのデュエルで人が吹き飛び、酷いときは意識だって刈られてしまう。
そして今も。

ダパラララランッ!! という散弾銃の発砲音に似た轟音が校舎全体を揺らす。鎖同士が擦れ合う摩擦熱で肌に触れる空気すら生ぬるい。
ARヴィジョンが消えた。嵐が過ぎ去り、静けさが訪れる。
「こンのド畜生がァ……!」
激情で顔をぐちゃぐちゃにした嵯峨野が唸る。射殺すような視線の先には、半透明の球体。
その中に立つ、白神 遊午。
「……手札からバリア・ジャンパーを特殊召喚することで、1度だけダイレクトアタックを無効にする」

バリア・ジャンパー ☆4 DEF 300

「抗ってんじゃねェェッッ! 罠発動、連鎖縛槍ォッ!!」

連鎖縛槍 通常罠

「バトルフェイズ終了まで、攻撃力の半分と引き換えに、獄門のヴィルゴに追撃の権利と貫通効果を与えるッ!」

−No.59 獄門のヴィルゴ ATK 1500

前回よりもふた回りほど大きな魔法陣が浮かび上がる。獄門のヴィルゴがその中心に右腕を突き刺した。
取り出されたのは、鎖を絡み合わせ、ひとつに束ねた三叉槍。持ち手の端から3メートル前後の鎖が1本垂れ下がり、その先には南京錠がかけられている。
「死に晒せや」

−No.59 獄門のヴィルゴ ATK 1500 vs バリア・ジャンパー DEF 300

音を置き去りに、三叉槍が一直線に飛来する。球体の表面に接触すると同時に、先端から凄まじい衝撃波生まれた。
抵抗もつかの間、球体ははじけ飛び、三叉槍は遊午の上半身を抉り取るように炸裂する。あまりの威力に腰が直角を超えてひん曲がった。背骨がミシミシと嫌な音を奏でる。
しかしそれでも。

YUGO 100
———VS———
SAGANO 2700

「自身の効果で特殊召喚されたバリア・ジャンパーは……戦闘、効果によって破壊されない!」
遊午は爛々と燃える瞳を、決して嵯峨野から逸らさない。
「なァんなんだよオマエはァ……」
形容しがたい恐怖に、呻くように嵯峨野は呟いた。
「死ぬほど痛ェんだろうが。神経もイカれちまってんだろうが。限界なんざとっくに通り過ぎてんだろうが! さっさと沈めば楽になンだぞ!? 諦めて寝てろよ! いい加減ひれ伏せよ! なんでまだ立ってんだよオマエはァァァッッ!!」
「————まだテメェをブチのめしてねェからだよ!!」
−Noの攻撃による締め上げられるような心臓の痛みも、もう遊午には微塵も堪えはしない。
闘う理由がある。
ゆずれない信念がある。
築いた覚悟がある。
だから倒れない。
だから折れない。
だから、屈しない。
そして遊午は呼んだ。
ここにいない、来るはずのない、己の分身を。
「ウィングリッタァァァァッッッッ!!!!」
遊午の左胸を中心として、光が爆発する。光は暗鬱な校舎を照らし、夜の闇を打ち消し、獄門のヴィルゴが落とす影をも吹き飛ばした。


光の逆流が、止む。


「…………あ、あァ……? なんだよ、なにも起こらねぇじゃねぇか……」
嵯峨野は閉じていた瞼をうっすらと開いた。その目に映る景色は、数秒前となんら変わりはなかった。
「…………! そ、そうか、さてはオマエ……!」
嵯峨野の目がギョロギョロと上下に動く。
「は、はは……! やっぱりそうだ! 白神、オマエ今−Noを持ってないな!? ひひゃはははァッ! Rに預けてるかしらないが、ザマぁないなァオイ! なんだよ、ビビって損しちまったぞ!」
遊午は右手を伸ばしたポーズから微動だにしていない。
「オイオイ、いつまでそんな馬鹿を演じているつもりだ? 間抜けな格好をいくら続けようが、−Noは来やしねぇんだよォォォッッ!」

「そうでもないぞ?」

「!!?」
予想外の方向からの声に、嵯峨野は反射的に振り返った。
開いた廊下の窓枠に座る、赤い袖無しブラウスに、黒のプリーツスカートの美少女。
美少女——八千代は透き通るような銀髪をなびかせ、ふわりと窓から離れる。
「あ、あ、R……!」
「−Noも持たずに闘うなど、無茶をしおって馬鹿者が。さっきから妾の中でカードが高鳴って眠れやせんわ」
八千代は遊午の右隣で静止する。その掌が天に向けられると、鼓動のように規則的に光を放つ1枚のカードが現れた。
刻まれた名は、『−No.39 天騎士ウィングリッター』。
「じゃが、よくやった」
カードが遊午の手に渡る。

「いくぜ——」

ウィングリッターは最後にもう一度大きく鼓動した。
さぁ、反撃の時間だ。


「————こっからは俺のターンだ!!」


「フィルフェアリーを攻撃表示で召喚!」

フィルフェアリー ☆4 ATK 400

「レベル4、バリア・ジャンパーとフィルフェアリーでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!!」
エクシーズ召喚のエフェクトである、黒い渦。それが今は星々の奔流となって光輝いている。
閃光を背に、白銀の女騎士が剣を握る。

「現れろ、−No.39! 天騎士ウィングリッター!!」
『セァァァッ!』

−No.39 天騎士ウィングリッター ★4 ATK 2500 ORU 2

「ウィングリッターがエクシーズ召喚に成功したとき、その効果により俺のライフは800ポイント回復する! 『サモンズ・ホーリー』!」

YUGO 900
———VS———
SAGANO 2700

「同時にオーバーレイ・ユニットを1つ使用し、残る効果も発動する! このターン俺のライフが回復するたびに、同じ数値分だけウィングリッターの攻撃力を上昇させる! まずは今回復した800ポイント!」

−No.39 天騎士ウィングリッター ATK 3300

「そして、オーバーレイ・ユニットとして墓地に送られたフィルフェアリーには効果がある」
「なんッ……!?」
「フィルフェアリーが墓地に送られたとき、俺の墓地に存在するモンスター1体につき300ポイント、ライフを回復する! 墓地に眠るモンスターは8体! よって、合計2400ポイントだ!」

YUGO 3300
———VS ———
SAGANO 2700

「意味、わかるな?」
「が、ぎ……っ」
「俺のライフが回復したことで、ウィングリッターの効果により、攻撃力がさらに上昇する!」
『ハァァァッ!』

−No.39 天騎士ウィングリッター ATK 5700

雷剣が、大剣が、美しい白翼が膨れ上がる。内側へと力を溜め込み、いつでもそれを解き放てるように。
「ひがっ……!」
対して、嵯峨野の顔は崩壊した。
激情は悲嘆に変わり、興奮が絶望に変わる。もう表情は人の形をなしていない。
「テメェらが俺になにしようが構いやしねぇよ。勝手に首つっこんだのは俺だ。文句は言わねぇ。だがな、」
遊午は右足を一歩踏み込んだ。拳を固め、肩を怒らせ。
「無関係な女の子《いいんちょう》に手ェ出すってんなら話は別だ! それだけは絶対に許さねぇ! 二度とこんなことしてみろ。今度こそ完膚なきまでにブチのめしてやる!!」
遊午の言葉を乗せた双剣が振り上がる。
直後。
勝負は決した。
「『クロスウィング————ッッ』!!!」

−No.39 天騎士ウィングリッター ATK 5700 vs −No.59 獄門のヴィルゴ ATK 3000

「あガァァァァッッッ!!」

YUGO 3300
———VS———
SAGANO 0



「っと……」
一気に降りかかってきた疲労感に遊午の足元がふらついた。バランスを失いかけた身体を、壁に手をついてなんとか支える。
「あー、こりゃちょっと無茶しすぎたか……?」
「当たり前じゃたわけ」
「へぶっ!」
まだふらふらと揺れている遊午の頭に手刀が見舞われる。
「今回はたまたま運が良かっただけで、普通は−Noに−No無しで挑むなど、全裸で戦場に出かけるようなものなのじゃぞ」
「おぉう……デッドエンド一直線じゃないか……」
「わかったら二度とこんな真似はするなよ。お主にはまだ死んでもらうわけにはいかんのじゃ」
「……ん。りょーかい」
っていっても、実際また同じようなことが起きたら同じように行動するんだろうなぁ……という自覚が遊午にはあった。それは変えられない彼の根っこの部分なのだ。
と、明かりの消えた廊下の中に、小さな長方形の光源が浮き上がった。
「む、あれが奴の−Noか」
敗者の−Noは自動的に勝者のもとへ。それが−Noを賭けたデュエルのルール。
10秒ほど宙に浮いていた光源は滑るように八千代のもとへ————達する直前で、生傷だらけの手がカードを掴む。
「おい嘘だろ……!?」
ぞくり、と遊午のうなじが総毛立った。
視線で手をたどった先に、−Noがぶつかり合った余波で服も肌もボロボロになった嵯峨野が立ち上がっていたのだ。
「お前まだ……っ!」
「……らつく」
ぽつり、と言葉が漏れる。
「苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つく苛つクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクイラツクァァァアァァァアァァッッッ!!!」
バボン! という爆音とともに、嵯峨野がはじけ飛んだ。脳髄、眼球、筋肉、神経、硬骨、脂肪、鮮血、臓腑、人体のありとあらゆるものがド派手に飛び散る。まるで人間を電子レンジで温めたかのような惨状。
それらで廊下が赤く染まる中、キラリとなにがが光る。遊午がその正体を見極める前に、光は一気に広がった。
「なっ……!!」
遊午と八千代の声が重なる。
光の正体は銀色に輝く鎖。
それも1本ではなく、一瞬で視界を埋め尽くすような、鎖の濁流。
「まずっ……!」
遊午は咄嗟に片手で八千代の体を抱き寄せた。さらに、反対の手で壁にもたれかかっていた麻理の手も握る。
二人を胸に抱きかかえた直後、それは来た。
「が、ぶァ……ッ!!」
丸めた背中にとてつもない質量の鎖の束が激突する。解体用の鉄球でぶん殴られたような衝撃を喰らい、遊午の肺から強制的に空気が搾りされる。学ランがズタズタに引き裂け、背中一面にじんわりと熱いものが広がった。
濁流はいとも簡単に三人を飲み込むと、そのまま学園の長い廊下を突っ走ってゆく。
壁を削り、床を剥ぎ取り、明かりのついていない蛍光灯を破壊しながら、鎖はなおも前へと侵攻する。
貫くというよりもぎ取るという感覚に近い鎖の威力に、遊午は意識を吹き飛ばされそうになる。それを唇に歯を立てることでなんとか防いで、二人の少女を抱える腕に一層力を込めた。
ズガシャァァン! という破砕音がして、鎖の濁流が廊下の突き当たりの窓ガラスを壁ごと叩き割った。
建物の外へと進出した鎖は放射状に噴出する。
圧力に押されるままに、遊午たちも外へと放り出された。その際にわずかに斜め上を向いていたのか、三人の体は空へと昇ってゆく。
「八千代ちゃ……委員、ちょ……」
痙攣する喉を力ずくで動かし、遊午は声を絞り出した。
「だ、大丈夫か遊午!」
「な……これ……」
なんだこれは、と言おうとしたのだが、本調子には程遠い喉では上手く言葉を繰り出せない。それでも八千代には伝わったようだ。
「−Noの力の暴走じゃ! あの男がルールを無視して力を行使しようとしたせいで、制御しきれんかった力が逆流したのじゃ! 彼奴の命を贄としてな!」
腕の中で八千代が叫ぶ。
「ど……すれば……」
「制御を外れておる以上、もうこの鎖をどうにかすることは出来ん! 不安定な力ゆえ、いずれ消えるじゃろうが、今すぐではない! それよりも、この女子を助けたいのならとにかく地面に叩き付けられんことを考えろ!」
さっきまで遊午たちがいた廊下は5階。地面からはおよそ20メートル。
八千代と魂をリンクさせている遊午にはなんでもない高さだが、一般人の麻理にとっては別だ。たとえ遊午が彼女を庇って背中から落下しても、絶対にタダでは済まない。下手をすれば待っているのは死のみだ。
しかし、空中に放り出され、両手も塞がった状況で、いったいなにが出来るというのだろうか。
「遊午、−Noの力じゃ! ウィングリッターの力を使え! 今はそれしか道は無い!」
「ウィン、グリッ……ターの、ちか……ら……?」
「あぁそうじゃ! 強大過ぎる−Noの力は、その所有者にまで影響を及ぼす! 詳細は人によって様々じゃが、お主にもなにかしらの力が宿っておるはずじゃ!」
「でも……ど、やって……」
「ウィングリッターと心を繋ぎ合わせろ! もう一度あらためて、其奴が自分の半身じゃという自覚を持て!」
その時、遊午たちの体から上向きの加速度が消えた。
一瞬の浮遊のあと、今度は重力によって下へと引っ張られる。
(時間が……無い!)
遊午は瞼を閉じ、心の中で自問する。
(教えてくれ、ウィングリッター! 俺はどうすればいい!? どうすればお前は力を貸してくれる!?)
地面が迫る。あと10メートル。
(……いや、違う。そうじゃないんだ。力は、借りるんじゃない。ウィングリッターは俺の半身、だったらあいつの力は俺の力でもあるんだ……!)
壁を作っていたコンクリートが地面と衝突して砕ける。あと5メートル。
(イメージしろ! あいつの姿も、能力も、俺の一部! その全部を使って、この理不尽な現状をぶち壊せ!)
割れたガラスや突き出た鉄筋が土の上に敷き詰められている。あと3メートル。
「おおぉぉぉぉおぉぉおぉぉッッッ!!」
ゴシャァ! と鎖の束が地面に叩きつけられた。その衝撃で建材のコンクリートが粉々になり、鉄筋もへし折れる。
そして遊午たちは。
「はっ……! はっ……!」
事故現場のような校舎裏に、白い羽が舞う。
遊午は地上から3メートルもない位置に浮かんでいた。
いや、飛んでいた。
「助……かった……?」
青い月明かりを受けて透き通る、一対の翼。ちょうど遊午が両腕を広げたぐらいあるだろうか。
ウィングリッターのそれと同じ白翼が遊午の背中を覆い隠している。
「これが……ウィングリッターの……俺の力……」
自分の身に起こっている事実に驚きながらも、遊午は直感で翼を動かした。いくつもの光の粒を撒いて、翼は前後にはためいた。立ちこめた粉塵が撹拌される。
二人の少女を抱えたまま少し離れた場所に着地する。足が地面に付くやいなや白翼は消えた。
「はは……凄ぇや」
言いながら、小さな額に冷や汗を浮かべてほっと息を吐く八千代、まだ気を失ったままの麻理を腕から解放する。
月が輝く夜空の下、白い羽だけが雪のように踊っていた。

☆ ☆ ☆

「んん…………」
体を揺らす微かな振動に、麻理は目を覚ました。まだぼんやりと霞がかった視界で見渡せば、そこは見慣れた通学路。
しかし、なぜだかいつもより若干視点が高い。
「あ、起きたか?」
声がしたのは麻理の真下。
真下。
ふと顔を下ろした麻理は、すぐさま自分が置かれている状況を理解した。
「はぅわぁっ!」
理解して、テンパった。
それもそのはず、麻理がいたのは遊午の背中の上。つまりは彼におぶられているのだ。
腕は遊午の首に回り、薄いストッキングに包まれた太ももには両手が添えられ、圧迫された胸はこれでもかと背中に押し付けられている。
「あわ、あぅわぁ、しら、しらしらしらしらしらきゃみきゅん!」
「お、おう、俺の苗字はそんなに白くないぞ」
そんな遊午の言葉も、麻理の耳には入っていない。脳の処理能力を余裕でぶっちぎった事態に、焦点の合っていない目であうあうと口を動かすばかりだ。
(ななななにこれ!? なんでわたし白神くんにおんぶされてるの!? いや嬉しいんだけどねっ!? だけど色々急すぎるっていうか密着しすぎて恥ずかしいっていうかあぁでもこんなこと考えてたら気持ち悪いのかなっていうかとにかくもうどうしたらいいの!?)
麻理の顔色は赤くなったり青くなったり忙しい。
「委員長、痛くないか?」
「イ、イタい!? やっぱりイタいかなぁわたし!?」
「いや何の話だ?」
もはや涙目である。
と、わずかに出っぱった遊午の背骨が麻理の鳩尾に触れた。
「痛っ!」
静電気のような痺れが麻理の全身を駆け巡る。なんとなく青あざをぶつけた感覚を思い出した。
「あー、やっぱまだ痛むか。とりあえずこのまま委員長ん家まで連れてくから、もうちょい我慢してくれ」
「う、うん」
視線を下げて自分の身体を見やる。鳩尾は胸が邪魔して見えないけれど。
(怪我、したのかな……? でも、いつの間に……?)
1日を振り返ってみても、どこかにぶつけたりした記憶はない。そうでなくとも鳩尾のあたりへの攻撃は基本必要以上に大きな胸が防いでくれるので、怪我をすることは少ないのだが……。
「ごめんな、委員長」
「え?」
唐突な謝罪に麻理は戸惑う。
「傍にいたのに、守りきれなかった。ごめん」
「…………。」
授業中のことだろうか。それにしては言葉の選び方が少しおかしい気がする。
と、麻理は地面から伝わる振動とは別の揺れを感じて顔を上げた。
遊午の肩が、震えている。
広くて、大きくて、頼りがいのある背中。それが今はどこか弱々しい。
なんとなく麻理は回した腕にぎゅっと力を入れて、背中に顔をうずめた。遊午の香りが鼻腔をくすぐる。
「……委員長?」
首を傾げてこちらを見ようとする遊午から顔を隠す。
「……きっと白神くんは精一杯頑張ってくれたよ」
頬に触れる遊午の学ラン。
生地はくたびれきっていて、ところどころに裂け目が入っている。黒色の中に見える薄茶けた染みは、もしかすると血の痕かもしれない。
それが逃げ傷ではないことぐらい、麻理にもわかる。
いつも誰かのために闘って、誰かを庇ってきた背中。
そんな背中がなんだか愛おしくなって、麻理はまた頬を押しつけた。
「ありがとう」
「————!」
それ以上、言葉は必要なかった。
2つの影は、寄り添ったまま夜道の先へと消えてゆく。





◎−No.59 獄門のヴィルゴ

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ギガプラント
ライフイズカーニバル!
回復連打からの大逆転は気持ちが良いですね。デュエル後の展開も非常にヒロイックでした。こういう主人公はホント格好良いなぁ。
委員長もバリバリヒロインしていました。一瞬絶命したかと思ってヒヤヒヤしましたが命に別状はなさそうで安心です。 (2017-08-28 13:09)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメントありがとうございます!
昨今のライフをガンガン削って勝利をもぎ取る風潮に真っ向から相反するようなウィングリッターの効果、書き手として心踊るものがあります。最終結果でライフ差あり過ぎてる感がなきにしもあらずですが、そこは今後の課題です。
委員長は死なないよ! 巨乳は正義だよ! (2017-08-28 13:53)

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