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HOME > 遊戯王SS一覧 > Episode72:リリーの過去

Episode72:リリーの過去 作:カズ

無事に翼を取り戻した凛と希だったが、彼女たちには一刻の猶予もない。来たるマーガレット・リリーとの戦いに向けて更なる研究を重ねていた。凛はリリーの生前の戦績及び使用デッキを徹底的に調査していた。


「【異界亡霊(パラレルゴースト)】、これは思った以上に厄介なデッキね」
「何か分かったの?」
「計り知れないってことが量れた……って言えばいいのかな?それくらい相手にしたくなかったデッキなの」


 【異界亡霊】は遊弥の【スターダスト】や紅葉の【デモンズ】、奏多の【宇宙英雄】、彩の【魔術師】と比較しても明らかに展開力ならびにターン中の爆発力が凄まじく、ペンデュラムモンスターの中では珍しい、「自分のカードを除外する」ことに恐ろしく長けているのだ。


「このデッキ……普通のペンデュラム召喚とは違って、除外されているペンデュラムモンスターもペンデュラム召喚出来るみたいなの」
「えっ?!ペンデュラム召喚って確か……」


 知っての通り「ペンデュラム召喚」とは、ペンデュラムゾーンに置かれた2枚のペンデュラムカードに記されているスケールを利用し、そのスケールの間のレベルを持つモンスターを手札及びエクストラデッキから一度に特殊召喚するという召喚法だ。しかし、『異界亡霊』の名を持つペンデュラムモンスターのペンデュラム効果はその常識を覆すものであり、「手札・エクストラデッキからのペンデュラム召喚を放棄する代わりに、墓地か除外された異界亡霊を可能な限りペンデュラム召喚扱いで特殊召喚する」というものなのだ。


「つまり、他のカードと組み合わせれば、1ターン目から5体同時にペンデュラム召喚が出来るってことか?」
「そういうこと……っていうかお兄ちゃん!男子禁制の女子部屋に勝手に入ってこないでよ!自宅ならともかく、今は希ちゃんも一緒なんだから」


 起床してからすぐにリリーの情報を調べ始めたため、今の凛はパジャマ姿だった。翼が中学に進級する前は下着姿で自宅を平然と徘徊するようなデリカシーのなかった凛だが、急に羞恥心を覚えたのか、兄の前では決してはしたない格好をしなくなった。当然パジャマ姿も見せなくなったが、まさか人間椅子をさせてから翌日に見せることになろうとは彼女も予想外だった。


「だから言ったのに。お兄さんが来るかもしれないから着替えたらって」
「……希ちゃん、お兄ちゃん摘まみ出しといて」
「イェッサー!」
「え、ちょっ、希ちゃん!?凛!?」


 軽率な行動をした兄に対しては相変わらず容赦ない凛だが、気を取り直してリリーの生前の情報を再調査した。デッキの情報は頭に入ったので、次は彼女の活動記録なのだが、同じく転生された奏多やルーナ、アレックスとは違い世界大会の出場経歴はまるで無かった。


「リリーさんの戦績だけど、アイドルを本職にしているだけあって、公式大会の出場経験は殆ど無いみたい。だけど、グループ内で毎年1回行なわれているデュエル大会じゃあ無敵だったそうよ…」
「『おてんば決闘娘』だっけ?フランスの女性デュエリストの中でも選りすぐりの人だけで構成されているアイドルグループ……」


 日本で言うところの「A〇B48」に近い立ち位置のアイドルグループだが、彼女たちの場合、センターをファンからの人気投票ではなくデュエルの強さで決める。それが凛の言った、毎年恒例の「おてんば決闘杯」なのだ。リリーはグループに加盟して以来、その実力を遺憾なく発揮し、たとえ先輩だろうが一切容赦しない。
 もちろん楽曲も多岐にわたって発売されており、生前にリリーがセンターを務めた「À lavenir(未来へ)」が8週連続オリコン第1位に輝いている。この曲は「何度立ち止まっても構わない。自分の思い描く夢を掴み取るための勇気を、全ての人に与えたい」という願いを込めて作られている。歌詞は全てフランス語なのだが、リリーがイベントで来日した際に日本語訳版のCDを1500円で販売していた。彼女は日本文化に強い関心があり、いつかプライベートで行ってみたかった国だったのだが、その願いが叶うことはなかった。


「そんな強い相手と命懸けの戦いをするなんて……凛ちゃん、怖い…に決まってるよね?」
「うん……」


 マウスを握っている右手は小刻みに震えており、冷房の効いた涼しい部屋の中であるにもかかわらず汗が滴り落ちていた。ユートとはタッグデュエルによって勝利を掴み取れたものの、1vs1のデュエルなら実質敗北だった。花奈は同じアンドロイドのユーリを相手にしてギリギリで勝利したとのメールが届いていたが、かたや自分は大敗した。


「考えてばかりじゃ始まらないよ、凛ちゃん」
「分かってる!!けど……私なんかがリリーさんに勝てるのかなって、昨日のタッグデュエルで不安になったの」


 珍しく声を荒げた凛だったが、それは自身の実力不足から生まれた焦りが原因だった。希は第二次アストラル大戦の活躍次第とはいえ、更なる成長を約束されている。凛も覚醒竜を目覚めさせることは出来るとユートから言われたのだが、そう簡単に「リリーが失ったもの」が何なのか、分かるはずもなかった。デュエル以前にまずはそこから考えなければならないのだが、それをじっくり考える時間は残されていない。


「ユートさんも言っていたけど、凛ちゃんなら大丈夫だよ。自分に自信を持って!ね?」
「ありがとう……。そうだ希ちゃん、3人で外に出ない?リフレッシュの意味も兼ねて」


 凛と希はすぐさま身支度を済ませ、外に摘まみ出されていた翼を引き連れてパリ郊外を散策することにした。部屋にこもってリリーの対策を練るだけでは精神的に煮詰まってしまうため、たまのガス抜きには丁度よい。


「凛、これからどこへ行くんだ?」
「バタクラン劇場。おてんば決闘娘がライブ会場で使っていた場所だってことは、お兄ちゃんなら知っているでしょ?」
「ああ。配信されていたライブ中継でよく見ていたからな」


 この劇場は約2400箇所も存在するフランスの観光名所の中でも531位と、ある程度の人気を獲得しており、日本人では『つけ〇つける』などの楽曲を出した、発音しにくい名前のアーティストも公演を行なったことがある。一方で人質事件が発生するという悪いニュースも取り上げられており、フランスの治安維持レベルが日本と比べても低いことが見えてしまう。
 リリー亡き今は新体制で活動を続けているが、どうしてもリリーが生存していた全盛期には劣っている。


「おっ、今日はおてんば決闘娘が公演を開くみたいだ」
「……翼お兄さん、37ユーロって、日本円でどのくらいなんですか?」
「1ユーロが133円だから……大体5000円だね」
「たっか!そんな大金持ってないわよ!」


 凛と希が両親から渡された軍資金も限界に達する頃になっていた。いくら格安のホテルとはいえど中学生が連日で宿泊するには敷居が高すぎる。しかし、リリーとの決戦や第二次アストラル大戦の最中、日本よりも治安が悪いフランスで野宿をするわけにはいかない。
 3人が途方に暮れていたとき、背の高い、燕尾服を着ている男性がこちらに手招きしているのが見えた。翼曰く、彼の名前はジャン=アントワーヌ・ケクラン。おてんば決闘娘のプロデューサーを務めており、リリーが暗殺され引退間際に追い込まれたメンバー全員をあっという間にまとめ上げたほど指揮官能力が秀でているそうだ。


「だけど、どうしてあんなお偉いさんが私達を呼んでいるのかな…?」
「確かにそうだな……。何か大事をやらかしたわけでもないのに」


 この時凛は「不法入国という大罪やらかしているけどね」と口が滑りそうになったが、喉元まで出かかったところで済んだ。おそらくだが、彼もリリーが奴等の手によって強制的に転生された事実を知っており、そんな危機的な状況の中でやってきた不可思議な日本人イコール救世主と結びつけたのだろう。


「Salut lamie. Fille japonaise argentee duelliste êtes-vous ? Je leur ai dit hier, comme jud.(やあ。銀髪の日本人少女デュエリストっていうのは君のことかな?話は昨日、ユートと名乗った人に聞かされたよ)」
「……お兄ちゃん、何て言ったか分かった?」
「ごめん、さっぱり分からない。基礎的なものなら暗記したはずなんだけど、ここまで流暢に話されると耳が追いつかないや…」


 かなりダンディーかつスピーディなフランス語が飛んで来たが、いくら翼がフランス語を少しかじったとはいえど地元民と同等レベルまで話せるわけではない。寧ろ普通の中学生が英語以外の外国語をペラペラに話せる方が凄いのだ。


「プロデューサー、大丈夫。私達、日本語、少し、話せるから」
「カタコト。だけど、教えてくれたリリー、すごく、ペラペラ」


 おてんば決闘娘の現在のセンターポジションに任命されているアデライードと、リリーが抜けた穴を埋めるために新しくメンバーに加わったクロエが後方からやってきた。アイドルグループに所属しているだけあって2人とも人形のように可愛らしく、告白すれば一発で男性を堕とすこと間違い無しだ。
 たどたどしい日本語ではあったが凛たちにとっても非常に聴き取りやすく、イントネーションもごく自然に聞こえる。リリーの教えがよかったのだろう。


「控え室に、来て。リリーのこと、話す」
「君たちには、その義務、ある」


 アデライードとクロエに言われるがままに凛たちはおてんば決闘娘の控え室に誘導された。一般人、ましてや日本という島国からこの地へとやって来たお尋ね者がアイドルの控え室に入れることは天変地異が起こっても有り得ないことだと思っていた翼は、この時ばかりは呪縛竜決戦を忘れて有頂天になっていた。


「…お兄ちゃん、鼻の下伸びてる」
「翼お兄さんの意外な一面、発見」


 翼からドルオタの側面を垣間見た希は、どれだけデュエルの腕が凄い人でも何かしら他人には見せないような部分を持っているのかとしみじみ思ったという。因みに、凛にはまだ翼のような秘密を希には見せていないが、密かに恋心を抱いている人物がいることは知るはずもなかった。





 控え室に着いたが、どうも他のメンバーは凛たちを邪険に見ているオーラが漂っていた。リリーの命運を担うべきデュエリストが自分たちだと思っていたのだが、凛のような日本人にそれを背負わせることになるとケクランから聞かされたのだから、無理もないだろう。


「ね、ねえ。なんか私達、全然歓迎されていないような…」
「この空間、酸素よりも嫉妬とかが充満している気がするのは僕だけ?」
「私もです。なんか閉鎖的というか息苦しいというか……」


 アイドルが決してファンに見せないような感情を剥き出しにしながら鋭い眼光で見つめる中、凛たちは小声で目の前で起こっている事象を話し合った。そんな空気に耐えられなかったのか、ケクランが漸く口を開いてくれた。


「ごめんよ、彼女たちは悪気があるわけじゃあないんだ。この場は私の顔を立ててもらえないかな?」
「「「って!日本語ペラッペラやないかい!!」」」


 凛、希、翼の3人が心を1つにした総ツッコミを入れた瞬間、今までこの小さな空間に張り詰められていた緊張感が嘘みたいに砕け、笑いが溢れていた。


「ジャパニーズツッコミ!Ahahaha!!」
「なんでやねーん!」
「Excusez-moi.(ごめんなさいね。)ただ私達、リリーと長いことやってきた仲だから……つい」


 アメリカンジョークではないが、ここまで大掛かりなドッキリを「つい」の一言で片付けられてしまったのであまりにも拍子抜けだった。それ故に凛たちは滅多に見せなかった「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な表情を晒す結果となった。
 ケクランがパンパンと手を叩くと即座に彼女たちの笑い声が止み、視線が彼の方へと集中した。これは彼が何か重要な話をする際に行なうルーティンワークであり、今やこれに反応しないメンバーは誰一人としていない。


「さて、おふざけはこのくらいにして本題に入ろう。昨日、君たちと同い年くらいの少年……ユートって名乗った男が私の所を訪ねてきたんだ」
「えっ?」


 ユートはタッグデュエルをした後、秘密裏にバタクラン劇場を訪れていた。その際にマーガレット・リリーが世界のリセットを掲げる奴等の手に堕ちたこと、呪縛竜を使うこと、そして、自分と同じくらいの年齢の日本人中学生がこの場所を訪れたら生前のリリーの情報を全て伝達してくれと頼み込んでいたのだ。
 ユートがこれ程までに手厚いバックアップを取ってくれたことに心の中で感謝した凛たちは、ケクランの重要な話にしっかりと耳を傾けた。


「まず初めに言わければならないこと……それは、リリーが孤児だったってことかな。これはアルフレッド、私の前任のプロデューサーから聞かされたことなのだが、17年前のことだ……」



~リリーの過去~
 当時まだ4歳だったリリーは、あまりにも見窄らしい格好で真夜中のスラム街をフラフラと歩いていた。空腹で喉も渇き、もう何日も碌な睡眠を取れていなかった。


「うぅっ……神様、もし本当に神様がいるのなら、どうか、どうか私に一切れのパンを恵んで…ください……」


 冷たく降り注ぐ豪雨の中、リリーがアルフレッドに拾われる前に呟いた最後の言葉はあまりにも悲しいものだった。もしも彼が拾ってくれなければ、こうしてアイドルとしてデビューすることはなかっただろう。
 次にリリーが目覚めた時には、彼女の服も新調され、シャンデリアの輝く大きな部屋の中にいた。ついに餓死してしまったのかと思ったリリーはこの場所を天国だと思い込み、縦横無尽に駆け回った。その際に転んで痛みを感じた彼女は、「どうして死んじゃったのに痛いんだろう?」と子供心に思った。しかし、自分の身体をよく見てみれば、自分の脚でしっかりと歩けていることに気が付いた。


「ひょっとして……私、まだ生きてるの?」
「そうだとも。君はまだ、死ぬには若すぎる」
「えっ?誰?!怪しいおじちゃん!」
「……仮にも私は、君を助けた命の恩人なのだがな。それに私はまだ23歳だ。おじちゃんではない」


 子供は純粋なものだと分かっていたが、それが予想の斜め上を行くものだと知ったアルフレッドは肩を落とした。


「それよりも君、お腹が空いているのだろう?これでもお食べ」
「……いいの?お金取らない?」
「もちろん。好きなだけ食べなさい」


 今まで一切れのパンを食べるためにも骨身を削らなければならなかったリリーだったが、今は夢に描いたような豪勢な食事を摂れている。かつてないほどの喜びを噛みしめながら、彼女はテーブルに乗っている彼の手料理を一心不乱にありついた。
 生まれて初めて満腹感というものを知ったリリーは、心からの感謝をこめて「ごちそうさまでした」を言った。おじちゃん、という呼び方は直らなかったが、身寄りの無い1人の少女の命を救えたことを考えれば小さすぎる問題だった。とはいえ、お互いに名前も知らないようではこの先の未来がどうなるのか分からないと判断したアルフレッドは、せめて名前だけでもと思い自己紹介を始めた。


「そういえば自己紹介がまだだったね。私はアルフレッド・レヴィ。君の名前は、何て言うのかな?」
「…マーガレット・リリー。4歳」
「可愛い名前だね。君は見たところ両親がいないようだけど……」
「うん……。パパもママも天国に行っちゃったの」


 生まれてから3年余りで彼女の両親は何者かによって殺害されてしまった。黒いフードを被っていたため未だに犯人の顔も割れておらず捜査は難航を極めているが、リリーはいつか必ず捕まってくれると信じ続けている。しかし、犯人を捕まえても両親が蘇ることはない。天涯孤独な人生を送るリリーには、もう帰る場所もなかった。


「リリーちゃん、君は何かやってみたいことはあるかな?」
「えっとね、天国のパパとママに『私は元気だよ!』ってこと、見せてあげたいの!おじちゃん、私に出来ることはある?」
「う~ん……そうだ。10年後に君がその願いを叶えられるために、アイドルになるのはどうだ?」
「私なんかが、なってもいいの?」


 今までの生活により、貧しい自分ごときが願いを叶える資格があるのかとマイナス思考に転がってしまうリリーだったが、アルフレッドから「願いを叶える権利は誰にでも平等にある」と説かれ、そんな温かい言葉をかけられたことがなかったリリーは感極まって大粒の涙を流した。こうしてリリーは、養子としてアルフレッドの実家で生活することになった。
 その日から2年後、6歳の誕生日を迎えたリリーは彼の下で厳しい指導を受けた。時には逃げ出したくなることもあったが、初めて自分の手で叶えられる願いのためならばと思い何度も歯を食いしばり立ち上がった。そして5年後、アルフレッドは少女アイドルユニットを結成するためにメンバー募集を開始した。しかしフランスにはアイドルを肩書きとしている人物が殆ど存在せず、大抵の場合は俳優や歌手で済まされてしまうことが多い。それ故にいくらリリーが人形のように可愛く、それでいて歌唱力も優れていたとしても、世間は彼女を「アイドル」として認めなかった。


「アルフレッド……私の願い、叶えられないのかな?」
「そんなことはない。約束の時は3年後だ。それまでに何とかしてみせるさ」


 そう笑顔で答えたアルフレッドだったが、度重なるハードスケジュールにより身体はだんだんやつれ始め、初めて自分を拾ってくれたときの面影はすっかり形を潜めていた。いつまでも彼に頼り切ってはいけないと決心したリリーは、どうすればこの国にアイドルというものを流通させることが出来るのか、最初にそこから考えることにした。


(そもそも私達フランス人は、画面に映る容姿の美しさよりも、その人の個性を尊重する国。だからといって、それが私の夢を諦める理由にはならない!何かないの?私の願いを叶えられるためには……あっ!)
「こ、これだわ!アルフレッド!!」


 リリーがインターネットを使い見つけたもの、それは日本に関する記事だった。フランスと比べれば小さな島国ではあるが、非常に数多くのアイドルを輩出していると載っていた。おまけに様々なタイプのアイドルが存在しており、調べられた限りでも「グラビア」「バラエティ」「ご当地」など、この国では決して開けなかった境地へと踏み込んでいたのだ。
 しかし、それでもリリーには納得できない節が残っていた。確かに日本のアイドルグループは容姿も美しく画面映えするのだが、本当にそれだけでいいのか。そこから更に一工夫しなければ、小国でやっていることの猿真似にすぎないのではないか。そう思ったのだ。考えが行き詰まり何気なくテレビのチャンネルを回していた時、世界的に有名なカードゲーム「遊戯王OCG」のコマーシャルが流れ、彼女の頭に電流が迸った。


「…そうだわ!デュエルよ!デュエルなら万国共通で親しまれているし、デュエルとアイドルのコラボなんて誰も思いつかなかったはずよ!」
「だがリリー、デュエルなんてやったことあるのか?」
「これから練習すれば良いの!」


 思春期の少女が考え抜いた末に出したお茶目な結論だったが、あれこれ手段を選んでいる暇はない。ルールを覚えることから始めたリリーだったが、そこに書かれた内容が難解極まりないものだったので目を回した。勉強はアルフレッドから基本的なものは教わっていたが、デュエルのルールを全て覚えきることの難易度が円周率を1万桁暗唱することと同等かそれ以上のレベルだということを身を以て知った彼女は、まずは本物のカードを触ってからルールを覚えることにシフトチェンジした。
 アルフレッドが保護者代理で同伴するという形で、リリーは人生初のカードショップに飛び込んだ。


「このカード、可愛い!」
「『戦慄の異界亡霊(フィアース・パラレルゴースト)ライアー・フライヤー』……可愛い要素なんか、どこにも見当たらないぞ?」
「そんなことないもん!ほら、目がクリクリッてなってる所とかさ!」



〇戦慄の異界亡霊ライアー・フライヤー(グレード8 闇)
アンデット族/ビヨンド/ペンデュラム/効果
攻3300/守2500
【Pスケール 青10/赤10】
このカード名の①のP効果は1ターンに1度しか使用できない。①:自分メインフェイズに発動できる。自分の墓地か除外されている「異界亡霊」Pモンスターを5体まで選んでP召喚扱いで特殊召喚する。この効果を使用したターン、自分は通常のP召喚を行えない。②:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動出来る。自分の墓地か除外されているPモンスターを1体選び、自分のPゾーンに置く。
【モンスター効果】
レベル8以上のP召喚した「異界亡霊」Pモンスター×1
レベル8がP召喚可能な場合にEXデッキの表側表示のこのカードはP召喚できる。このカード名の④の効果は1ターンに1度しか使用できない。①:? ②:? ③:? ④:? ⑤:モンスターゾーンのこのカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。このカードを自分のPゾーンに置く。




 彼女がショーケースの中で一目惚れしたモンスターは、フランスでも導入されたペンデュラム召喚とビヨンド召喚に加え、既存の召喚法も活用できる新テーマとして注目の【異界亡霊】だった。当初はカードプールが圧倒的に少なく、テーマデッキとしての完成度は決して高くはなかったが、それでもリリーは、このカテゴリに属するモンスターを「可愛い」と評して、率先して使いたかったのだ。
 リリーがデュエルを始めてから半年が経過し、彼女には同性の友達が7人も出来た。彼女たちが「おてんば決闘娘」の礎となり、リリーが考えていた「歌って踊れる、ちょっとお茶目でヤングフレッシュなアイドルデュエリストグループ」という夢を叶えることが出来たのだ。


~リリーの過去、終~



「とまあ、私が聞かされたのはここまでだった。後は君たちも知っての通り、アイドルロードを駆け上がる一方だったよ」
「リリーさんに、そんな過去があったなんて…」
「【異界亡霊】は、彼女にとってアルフレッドさんとの思い出のデッキだということか…」


 希と翼は「過去のリリー」が悲しい経験や痛みを乗り越えて今の彼女自身を築きあげたことを知らずに「現在のリリー」だけを見てきたことを悔やんだ。【異界亡霊】は生前のリリーが一枚一枚大切にしてきたカードであり、彼女のデュエルの歴史と共にあるデッキだということに気付かされた凛は、今自分がどうするべきなのか、そのビジョンを見出せた。


「ケクランさん、ありがとうございます。これ以上、生きていた時のリリーさんの世界を壊させたりしません。呪縛竜も絶対に倒してみせます!」
「ありがとう、ミス黒羽。君の口からそう言ってもらえると、話した甲斐があったというものだ」


 凛の中に残っていた不安が消え去り、すっかり迷いもなくなった。デッキの概要も粗方とはいえパソコンで調べたことで頭に叩き込め、あとは彼女との決戦を待つのみ。そんな時だった。けたたましい轟音が建物外から聞こえてきた。何事かと思い一同は外に出てみたが、そこには100mを超えた巨大な暗黒竜、つまり呪縛竜を従えたマーガレット・リリー本人が待ち構えていたのだ。



(黒羽兄妹に神谷希……ユートのヤツ、ちっとも戻らないと思ったら、しくじったのね)
「あら?元プロデューサーさんも一緒なの?」


 呪縛竜によって心を支配されかけている影響なのか、共に励んだ仲間の顔を見ても懐かしむことはなく、標的―――凛の鋭い眼差しを見つめていた。


「リリーさん、私は貴方の過去を聞きました。だからこそ、今の貴方がしようとしていることを止める義務があります!世界のリセットなんて、絶対にさせません!」
「そう……。だったら、『願いを叶える権利は誰にでも平等にある』って言葉も聞いたんでしょ?私は今のプロデューサー、エース様に忠誠を誓っているの。そして私は、再び願いを叶えるために黒羽凛、貴方の魂を全て削り取る!」


 凛とリリー、2人のデュエリストは互いに守るべきものを背負ってこの場所で巡り会った。そんな2人が、世界の命運をかけたデュエルでぶつかり合う……!



「「デュエル!!」」


RIN→LP:8000 手札:5 デッキ:35 Mゾーン:0 M・Tゾーン:0 Fゾーン:0 Pゾーン:0


 V S


LILLY→LP:8000 手札:5 デッキ:55 Mゾーン:0 M・Tゾーン:0 Fゾーン:0 Pゾーン:0







※あとがき
今回の話で、(効果は明かしませんでしたが)初の「ビヨンドペンデュラムモンスター」が登場しました。このモンスターをペンデュラム召喚するためには、以下の3つの行程を踏む必要があります。
①:正規手段でエクストラデッキの裏側表示の『戦慄の異界亡霊ライアー・フライヤー』をビヨンド召喚する(裏側表示の場合、ペンデュラム召喚は不可能)。ビヨンド召喚を無効にされた場合、そのカードは墓地へ送られる。

②:破壊された『戦慄の異界亡霊ライアー・フライヤー』は除外されずにエクストラデッキに表側表示で置かれる(従来のビヨンドモンスターは破壊された場合、墓地へ送られず除外される)。

③:レベル8をペンデュラム召喚するためのスケールを揃える。


主な注意点としては以下の3つが挙げられます。
①:エクストラデッキに表側表示で置かれた『戦慄の異界亡霊ライアー・フライヤー』はビヨンド召喚できない。

②:ビヨンド召喚した『戦慄の異界亡霊ライアー・フライヤー』が『奈落の落とし穴』などで除外された場合、除外されたこのカードを再びビヨンド召喚しなければエクストラデッキに表側表示で置かれず、ペンデュラム召喚も不可能(【異界亡霊】に属するPモンスターには、「除外されているPモンスターをペンデュラム召喚扱いで特殊召喚する」P効果を持っているが、ライアー・フライヤーの効果外テキストには「レベル8がP召喚可能な場合に『EXデッキの表側表示』のこのカードはP召喚できる」と記されているため、除外ゾーンからP召喚扱いで特殊召喚できない)

③:正規手段以外の方法でエクストラデッキから特殊召喚した『戦慄の異界亡霊ライアー・フライヤー』がエクストラデッキに表側表示で置かれた場合、そのカードをペンデュラム召喚できない。




それでは、次回以降の黒羽凛vsマーガレット・リリーをお楽しみに。このデュエルが終われば、次は中国編(霧野命慈・宮崎尚志パート)になります。その次のギリシャ編(赤城紅葉・伊集院カレン・三上胡桃パート)終了後、ついに第4章「激闘!第二次アストラル大戦」へと突入です!
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ター坊
翼兄ちゃん真面目にやろうぜ。
緊迫なシーンの筈なのになんか和みます。
リリーの過去も判明し、いざ対決です。
そしてやはりアストラル大戦は回避できないか…。
(2017-08-25 07:41)
カズ
ター坊さん
コメントありがとうございます。大事な決戦の最中ではありますが、思春期ボーイな翼もやはり欲望に逆らえなかったようです(誰のせいだ)。
封印竜vs呪縛竜も第4ラウンドに入りましたが、リリーのデッキは今作では前例のない60枚デッキです。リリーの【異界亡霊】がどう立ち回るか、お楽しみに。
(2017-08-27 02:36)

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112 Episode42:涅槃の境地へ 1258 4 2016-07-02 -
62 Episode43:トワノキズナ 1181 3 2016-07-23 -
127 Episode44:銀河と宇宙 1369 3 2016-08-09 -
108 Episode45:銀河眼vs宇宙眼 1455 0 2016-08-20 -
51 Episode46:絶望の凱旋 1016 0 2016-08-24 -
76 Episode47:刻まれた記憶の欠片 1093 1 2016-09-06 -
108 Episode48:希望の行方 1323 0 2016-09-13 -
75 Episode49:悪夢の決戦前夜 1037 0 2016-10-03 -
62 Episode50:創世の星屑竜 1005 0 2016-10-25 -
109 Episode51:託された未来 1119 0 2016-10-30 -
108 番外編03:遊弥と花奈の... 1170 2 2016-11-02 -
94 未投稿オリカ紹介①(使用者:藤堂遊弥) 1186 0 2016-11-09 -
94 未投稿オリカ紹介②(使用者:赤城紅葉) 1116 0 2016-11-26 -
82 未投稿オリカ紹介③(使用者:茨木花奈) 1129 0 2016-12-08 -
46 未投稿オリカ紹介④(使用者:霧野命慈) 976 0 2016-12-20 -
49 未投稿オリカ紹介⑤(使用者:霧野精一) 1051 0 2016-12-30 -
78 Episode52:極寒の夏 1103 2 2017-01-01 -
140 Episode53:闇の邂逅 1209 2 2017-01-07 -
69 Episode54:呪縛竜復活 1028 0 2017-01-11 -
112 Episode55:届かぬ声で... 990 2 2017-01-15 -
125 Episode56:禁忌の目覚め 1069 5 2017-01-19 -
109 Episode57:共鳴する四龍 1073 4 2017-01-25 -
60 Episode58:本当の気持ち 1194 3 2017-01-30 -
62 Episode59:真実への鍵 1001 2 2017-02-08 -
66 IF01:バレンタインデー 1191 6 2017-02-11 -
56 Episode60:エレンとアレックス 1072 3 2017-02-16 -
156 ルール改訂と今後の進行について 1302 2 2017-02-18 -
55 Episode61:想いの証 998 5 2017-02-21 -
73 Episode62:茨の道標 1117 5 2017-02-27 -
119 Episode63:光と闇の花 1006 3 2017-03-20 -
74 Episode64:渇望と葛藤 1046 2 2017-03-23 -
70 Episode65:麗しき孤月 1006 2 2017-03-29 -
135 Episode66:月夜のイリュージョン 1341 2 2017-04-21 -
146 Episode67:常闇に消える月華 1325 1 2017-05-05 -
87 Episode68:模索者たち 1013 4 2017-07-22 -
102 Episode69:純黒の反逆者 1131 0 2017-07-27 -
105 Episode70:紅と黒の禁呪 1027 2 2017-08-07 -
84 Episode71:希望は往く 1153 3 2017-08-17 -
136 Episode72:リリーの過去 1155 2 2017-08-24 -
68 Episode73:異次元の亡霊 1098 2 2017-09-13 -
108 Episode74:覚醒の鼓動 1286 3 2017-09-22 -
119 Episode75:挑戦者の儀 1060 0 2017-10-05 -
123 Episode76:神速の決闘 1145 2 2017-11-14 -
52 Episode77:動き出す陰謀 832 2 2018-01-23 -
67 Episode78:最期の兄弟喧嘩 847 2 2018-03-03 -
138 Episode79:黄龍の手向け 923 2 2018-03-28 -
106 Episode80:堕天使の罠 896 0 2018-04-14 -
97 Episode81:断罪する魔神 882 0 2018-04-19 -
109 Episode82:姫君のバイブル 978 1 2018-05-07 -
116 Episode83:開かれたページ 1014 0 2018-05-11 -
153 Episode84:望まぬ決戦 1015 2 2018-05-29 -
68 未投稿オリカ紹介⑥(使用者:古城奏多) 876 0 2018-05-31 -
121 未投稿オリカ紹介⑦(使用者:清水ルーナ) 1108 0 2018-06-02 -
133 未投稿オリカ紹介⑧(使用者:アレックス) 996 0 2018-06-04 -
51 未投稿オリカ紹介⑨(使用者:リリー) 815 0 2018-06-06 -
185 未投稿オリカ紹介⑩(使用者:ソフィア) 1199 0 2018-06-06 -
110 呪縛竜のおさらい 829 0 2018-06-06 -
103 IF02:星 遊未 803 0 2018-06-09 -
70 Episode85:新たなる激闘へ 983 0 2018-07-10 -
103 Episode86:愛するもの 866 0 2018-07-27 -
68 Episode87:涅槃を超えた先 862 0 2018-08-10 -
114 Episode88:終焉の弧光 1246 0 2018-09-12 -
59 【重要】投稿再開のお知らせ 682 3 2022-06-04 -
40 Episode89:四竜が紡いだ奇跡 435 3 2022-06-25 -
44 Episode90:光臨者、天導レイン 434 2 2022-07-07 -
46 Episode91:舞い堕ちた天使 387 2 2022-09-03 -
47 Episode92:紅の決意 456 0 2022-09-19 -
36 Episode93:凛々しい黒羽 430 0 2022-10-04 -
51 Episode94:最強の双子 438 0 2022-10-24 -
32 Episode95:最凶の龍 451 0 2022-12-29 -
38 Episode96:神の恵 431 0 2023-01-18 -
51 Episode97:先導者vs時空竜 490 0 2023-01-22 -
30 Episode98:トワノチカイ 418 0 2023-02-14 -
37 Episode99:遊弥、復活 393 0 2023-03-12 -
33 Episode100:目覚めし星の光 396 0 2023-03-26 -
36 Episode101:決戦・冀望郷 349 0 2023-05-03 -
22 Episode102:最弱の意地 301 0 2023-06-28 -
15 Episode103:永遠の友達 191 0 2023-11-26 -

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