理事長、そして留学生　作：はにわ改

　
ーー本来、会長・刹那が座るはずの席に着くクロエ。
髪型や服装こそ普段通りだが、存在感や雰囲気は完全に別人のように、透矢は感じさせられていた。
常にこちらを値踏みしているかのような視線に、いつもは笑顔で緩む口元がきりりと締まっている。

加えて普段の片言はどこへやら、日本人のそれと遜色のない流暢な日本語で、自ら名乗った彼女の真の職務、『理事長』ーー。

「り、理事長先生、って事は・・・つまりこのアカデミアの、なんていうかーートップ、的な？」

「ーーそうなるな」

顎を両手で杖を付いて、答えるクロエ。
しかし突然の事で透矢の中で、事の全容がまとまらない。

「色々と驚かせてごめんね、透矢くん。
分からない事があったら、どんどん聞いてくれていいから」

透矢の苦悩を察して、刹那がすかさずフォローを入れる。
確かに聞きたい事はあるが、何から聞けばいいのかも分からない。

「で、でもクロエ先生は俺たちの担任でーー」

「確かに普段は一教師として教鞭を振るっている。
だがそれは仮の姿だ」

「仮の姿、って・・・」

「まぁ、信じられないのも無理はない。
この事実を知っているのはここにいる生徒会メンバー、他の先生を除けばごくわずかの人間だけだからな」

ごく少数の人間のみが知るという『理事長』の存在。
確かにここに転入して１ヶ月の透矢、教頭先生の顔は見た事があるが、
今出ている『理事長』、あるいは『校長』先生といった人物を見た事がない。
そしてその事について気にした事すらない。

「全校集会でも、壇上に立つのは刹那さんですしね」

「それだけ刹那の存在感が強い、って事なのさ」

地影、炎魅子が続けて語る。
確かに普段、学校の行事・運営について露出が強いのは生徒会、ひいてはその会長・刹那である。
だから知らず知らずの内に、このアカデミアを指揮するのは絶大な権力を持つ刹那率いる生徒会なのだ、と透矢も含めて、他の生徒のほとんどがそういう認識なのだ。

「でもね、私たちが指揮を振るえるのは、クロエ理事長がバックアップしてくれてるからなの。
冷静に考えれば、先生を差し置いた生徒会の独裁運営なんて、成り立つはずがないわ」

更に刹那が続けた。

ーーあくまで前面に出るのは刹那。
しかしその裏には常に理事長・クロエの存在があり、故に教諭ですら刹那には逆らえない。
教諭が刹那の完全な味方である以上、生徒たちも逆らえない。
加えて刹那の優れた能力、
また財閥の娘であるという優位性、
更に言えば彼女のカリスマ性などがそれを後押ししているのだ。

透矢は所々納得もしつつも、知らされる唐突な内容に戸惑ってもいた。

「あの・・・でも、クロエ先生はどうして、その・・・正体を隠す、っていうかーー」

素朴な疑問。
何故理事長でありながら、普段は一教諭として、過ごすのか。

「ーーそれはな。
『現場』で『生徒』の事を『見たい』からだ」

「え？」

クロエの言葉の意味するところが分からない透矢。

「私は理事長としてこのアカデミアを預かる身。
その私がこうして偉そうに椅子にふんぞり返っているだけでは、誰がやろうと変わらないだろう？」

「そ、そりゃまぁ・・・」

「もちろん、理事長としての職務はある。
だがそれ以上に私は生徒をしっかりと導いてやりたい」

真剣な表情で語り続けるクロエ。

「生徒にはそれぞれ個性がある。
実技が得意だが学業には自信がないーーその逆もまた然り。
更にそこの炎魅子のように、自分の将来の夢に、このアカデミアで学んだ事を活かしたいと考えている者もいる」

不意に自分の名前を出されて、照れ臭そうにする炎魅子。

「そういった事を知るには、やはり自分自身の目で見なくてはな。
点数などからでは見えないものも、現場では見える事もある」

思わず頷きながら真剣に聞いていた透矢。

でもそれならば何も理事長である事を隠さなくてもいいのでは、という問いには、
理事長である事を知れば、生徒の中にはクロエの前でだけいい顔を見せようとする者も現れるだろう。
それでは駄目だ、出来るかぎり生の心を知りたい、と語る。

そうして一人一人の生徒を知り、本人にとってよりベターな未来の選択肢を取らせてやりたい、というのがクロエの思いである。

ある意味生徒たちを騙しているようでもあるが、クロエの真摯な語りに感ずるところもあった透矢。
何よりその考えは嫌いではなかったようだ。

「だが無論、やる気のない生徒には厳しく審判を下すがな。
いくらデュエルが強くて学業が優れていようと、それに驕って下のクラスの者たちにちょっかいを出すような堕落した精神の持ち主は、私も胸を張って送り出すことは出来ん」

そう続けたクロエ。
そこからあの忌まわしい出来事の関連を感じ取った透矢。

「『デュエル・キラー』・・・ですか？」

「ーーそうだ。
あれは私が刹那に提案したのだ。
他の生徒たちに悪影響を及ぼす生徒には、制裁を加えろ、とな」

真希が俯く。
ガンと成りかねない生徒には退学も兼ねた厳しい制裁を加える。
その考えには反発しそうになるも、実際に千鶴という身近の人間が被害に遭っていただけに、透矢は言いづらいところがある。

「先生の・・・思い、というか考えはわかりました。
ちゃんと、見てくれてたんだな、って」

真希を気遣うように視線を送りながら、何度か頷く透矢。
もちろん百パーセント納得したわけではない。

「でも、何で今日、俺に正体を明かしたんですか？」

秘密にされていた理事長の正体。
クロエのもうひとつの姿。
それを透矢に話してどうするというのか。

「ーーそうだな。
それを・・・話す前に、透矢。
君に紹介しておきたい者たちがいる」

「紹介？」

「ーー地影」

クロエが地影の名を呼ぶと、地影は予め心得ていたのか、すぐに行動する。
生徒会の入り口の扉を開き、いつの間にか外にいた誰かに、中に入るように促す。

そして中へと入ってくる二人の人物ーー。

「え・・・？」

まさかというその姿に、透矢は驚愕させられる。
昨日、デュエルを通して向き合い、濃い内容と共に時間を過ごした刹那。
その刹那はクロエの隣にいるというのに、同じ顔をしたもう一人が目の前に姿を見せたのだ。

そのもう一人の『刹那』は、『二人の刹那』を交互に見ている透矢の前に立つと、右手を差し出してくる。

「ーー初めまして、遊戦名透矢くん。
私、刹那お姉さまの妹の神楽坂久遠です」

「く・・・おん？」

「お姉さま共々、
これからよろしく、ね・・・？
くすくす・・・」

『久遠』と名乗った『刹那』の顔をした女子生徒。
未だ困惑する透矢に、何かを含んだような笑みを見せる久遠。
そんな透矢と久遠の様子を、刹那は表情こそ変えないまでも、その視線は何かを訴えかけているようだった。