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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第17話 オシリス・レッド

第17話 オシリス・レッド 作:氷色

「城之内くん!!」

デュエルが決着したことで、城之内を包んでいた炎は消えた。
しかしそれに身を焼かれる痛みや苦しみを擬似的に体験した城之内はその場に崩れ落ちる。

遊緋は勝利の余韻など構わず城之内に走り寄った。本田や紅羽もそれに続く。

しかし「ぶはっ」と大きく息をつくと、城之内なんとか身体を起こした。どうやら大事ないようで、遊緋はホッとした。

そんな遊緋を見上げて城之内は笑う。

「最初から分かってたけど、やっぱ強ぇなー。まだ俺じゃ勝つまではいかねーか」

城之内の顔からはもはや闘志のようなものは抜け落ちていて、どこかサッパリとした様子が見て取れる。

「で、どうだったよ?城之内と昨日のルーキー狩りと比べてどっちが強かったんだよ?」

本田が遊緋に訊く。

「それは……」と遊緋が答えようとするが、それは城之内が止めた。

「いや、やっぱいいや。そういうの関係なく俺はこのデュエルに満足できた。今更ルーキー狩りと比べることに意味なんかねぇよ。これからの目標はこの遊緋に勝てるようになることだ」

そう言いきって城之内はフレイヤに目を向ける。

「そういうわけだからよ、アンティの精算頼むぜ、フレイヤ」

『はいはーい♪今回のデュエルの勝者はユーヒちゃんでーす♪アンティの精算を始めまーす♪』

フレイヤがそう宣言すると、遊緋のデュエルディスクに表示されていたスターチップ数が6から7になった。

パンパカパーン!

更にデュエルディスクがファンファーレを鳴らし、ディスプレイには大きく『D』の文字。

なんだ?と目を細める遊緋に、フレイヤが『おめでとうございますぅ♪』と拍手する。

『今回のデュエルに勝ったことで、ユーヒちゃんのデュエリストランクがDランクにアップしましたよぉ♪』

「デュエリストランク?」

『はいぃ♪各デュエリストの皆さんはそれぞれ勝利数やデュエル内容に応じてランク分けされてるんですよぅ♪ユーヒちゃんは今回のデュエル内容が評価されて、最低のEランクから一つ上のDランクに昇格したんですぅ♪』

「ふーん」

『アレ、あんまり興味なさそうです?』

遊緋の薄い反応に、流石のフレイヤも足踏みをする。

「俺や本田も同じDランクだ。ま、俺達もこのランク分けに何の意味があるのか分かっちゃいないがな」と、城之内。

「それは良いとして、もう一つのアンティはどうすんだよ?」と、本田。

そう言えば☆とは別に、お互いのデッキのカードを1枚賭けていたのだった。

『あ、じゃあヒロトシくん、アンティカードを公開して下さい♪』

お互いアンティしたカードは本田に預けていた。
ポケットからその2枚のカードを取り出すと、本田はそれを皆に見えるよう提示した。
まず1枚目のカードは《ダメージ・コンデンサー》だ。

「あ、これはボクのだね」

《ダメージ・コンデンサー》は昨日のデュエルでも使用した遊緋のデッキに入っていたカードだった。

そして2枚目。
本田が公開したカードは《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》というカードだった。
イラストにはシャープな外見の赤い眼をした黒いドラゴンが描かれている。

「真紅眼の黒竜ッ!?」

そのカードを見て、珍しく声を上げたのは紅羽だった。
城之内はオーマイガーという風に天を仰ぎ、本田はギャハハと笑う。

一人意味が分からず置いてきぼりの遊緋のために紅羽が説明する。

「《真紅眼の黒竜》は、価値の分かるデュエリストに売れば数十万円は下らないレアカードよ。全く彼程度のデュエリストがこんなものどうやって手に入れたのかしら」

「数十万!?」

紅羽も相当驚いたのだろう、珍しく本音が漏れている。
確かにただの高校生が持っているにしては高価すぎる。

「いや、実は前にも同じようなアンティルールでデュエルをやってその時の戦利品なんだけどよ。まさかこんなすぐに持ってかれるなんてな」

「今回ばかりはお前のラッキーも通用しなかったな」

高価なレアカードを失って意気消沈する城之内と、それが可笑しくて堪らない本田。
友達だからこそ許される、礼の介在しないやり取りだった。

「まぁ、しゃーねーな。こっちが言い出したルールだからよ」

城之内はそう言うと、未だ腹を抱える本田から2枚のカードをむしりとり遊緋に渡す。
しかし慌てたのは遊緋だ。

「いやいやいや!もらえないよ、こんな貴重なカード!」

いくらデュエルのアンティだからと言え、数十万は仕方ないでポンと簡単に譲っていい金額ではない。そんなもの譲られてもこちらが困ってしまう。

だが城之内は穏やかな表情だ。

「そう言わずに貰ってくれよ。俺達の友情の証っつーことでよ」

「友情?」

一瞬何を言われたか分からず、思わず聞き返してしまう。

城之内は破顔した。

「俺達はこのデュエルを通して競い合った仲間じゃねーか。だからよ、もう俺らは『戦友』ってやつだろ?」

本田を見ると、こちらも同意するように頷く。

『戦友』ーーー。

本来の意味からすれば、この場合にこの言葉は当てはまらないのかもしれない。
しかし城之内が『友』という漢字がつく言葉で自分を表現してくれたことに、図らずも遊緋は胸の奥から湧き上がる歓喜を止めることはできなかった。

遊緋からも、城之内と本田に対して当初抱いていた恐怖やわだかまりはもうない。
デュエルを通して彼らと通じ合ったーーーと言えば都合が良すぎるだろうか。

「言っとくけど、これはやるんじゃないぜ。預けるんだ。その内絶対に返してもらうからな、覚悟してろよ」

城之内は少し恥ずかしげに笑う。

「分かったよ。うん、預かる」

遊緋はこの学校に入って初めてできた友にそう言って、カードを受け取った。




『それではぁ今回のデュエルはしゅ~りょ~ということでぇ♪ば~いちゃ~♪』

そう言ってフレイヤは消えていった。

それを確認すると、紅羽が城之内に向き直る。

「悪いんだけれど、デュエルフィールドはもう少しこのまま維持してくれないかしら?」

城之内と本田は顔を見合わせて「まぁいいっスけど」と了承した。

「丁度良いからこのままこれからの相談をしてしまいましょう」

デュエルフィールド内の会話は外に漏れることはない。秘密の話をするには持ってこいだ。
昼休みが終わるまでまだもう少しだけ猶予もある。今ここで出来る話はしてしまった方がいいだろう。

紅羽は手近な場所に腰掛け足を組む。
男三人は立ったままだ。

「まずは何から話しましょうか……」

紅羽が思案し始めると、すぐに遊緋が提案した。

「まずは、このD・ゲームのクリア条件について知っておきたいです」

実は昨夜の内に今日聞きたいことをいくつか考えておいていた。

最も気になるのは、このゲームを終わらせるにはどうしたらいいのか。
遊緋自身はこのゲームを楽しんでいるので良いのだが、それでも命を賭けるに等しいゲームをずっと続けていくわけにはいかない。それに、やるからにはクリアしたいというゲーマー魂にも関係する事柄だ。

「そうね。まずはそこからにしましょうか。これを見てくれる?」

紅羽はポケットから携帯を取り出し、少し操作して遊緋達にそれを見せる。
画面には『おめでとうございます!あなたはD・ゲームへの参加が認められました!早速デュエルディスク・初期デッキをお届けします!次代の“王”を目指して頑張って下さい!!』という見覚えのあるメッセージが表示されている。これは昨日見たばかりの画面だ。見間違えるはずもなく、D・ゲームに参加した直後に表示された画面。これはそれをスクリーンショットしたものだろう。

「そう、これは全てのデュエリストに掲示される最初のメッセージ。そしてこれこそが私達全員の果たすべき目標なの」

「この『次代の“王”を目指す』ってやつがーーーですか?」

遊緋の言葉に紅羽は頷く。

「ここで言われている“王”ーーー私達は“金色(こんじき)の王”と呼んでいるのだけれどーーーそれに成ることが、このD・ゲームのクリアということになるわ」

「“金色の王”ーーー」

「全てのデュエリストの中で“金色の王”に成れるのはたった一人だけ。つまりそのたった一人が生まれた瞬間、このD・ゲームは終わりになる」

城之内がずいと前に出る。

「つまり早い者勝ちってわけだ。そして、その“金色の王”に成った奴はどんな願いでも叶えることができるって言われている。だからこそ俺達デュエリストは自分の願いを叶えるため“金色の王”を目指してるんだ」

なるほど。何故こんな危険なゲームにこれほど多くのプレイヤーが参加しているのか、その訳が分かった。
普通なら『どんな願いでも叶う』なんてファンタジーの中だけの絵空事でしかない。一笑に臥されて終わりの話だ。しかしたった二日間だけとは言え、遊緋もすでに常識では考えられない不思議な体験をいくつもしている。このD・ゲームに於いて『どんな願いでも叶う』と言われれば『叶うかもしれない』と思わざるを得ない。
そして他のプレイヤー達もその希望に賭けてこのD・ゲームを闘っているのだ。

「それで、その“金色の王”にはどうやったら成れるのか、分かってるんですか?」

遊緋の問いにも紅羽は頷いた。

「“金色の王”に成る要件は二つ。一つはSランクデュエリストであることよ」

「Sランクーーー」

先程存在を知ったばかりのデュエリストランクという概念。
そのSランクということは、おそらくAランクの上。最上級のランクということだろう。ずいぶんと分かりやすく、当たり前と言えば当たり前の条件だ。

それにしても、遊緋が僅か二回のデュエルでDランクに上がれたことを考えれば、この調子で勝っていけばそう難しいことではなさそうに思える。

「それがそうでもないのよ。確かにデュエルに勝ち続ければAランクに到達するのは然程難しくはないわ。けれどSランクは別。Sランクに上がるのにも要件があって、それは『イベント』の勝者になることなの」

「『イベント』?」

「イベントというのは、運営が不定期かつ唐突に始めるプレイヤー全員強制参加のお祭りみたいなものよ。普段のデュエルとは違うルールや謎解きのようなものが導入されて、勝者が決まるまで続くサバイバルレースってとこかしら。それの勝者になり、かつ運営に適当と認められたデュエリストのみがSランクに上がれるらしいわ」

紅羽の口調には苦々しいものが含まれていた。
もしかしたら紅羽にはそのイベントで苦い経験でもあるのかもしれない。そう考えれば、どうやら想像以上に過酷なもののようだ。
それの優勝者にならなければSランクに上がれないとなると、確かにSランク到達というのはかなりの難題に思えた。

「実は私が遊緋くんに助力をお願いしたのも、このイベントに勝つためなの」

「え?」

「イベントに勝つためには、どうしても他者と協力しなければならないことが多いのよ。でもいきなり今日会ったばかりの人と本当に信頼関係を築くことは難しいでしょう?だから私は実力と人柄からキミに白羽の矢を立てたわけ」

紅羽はこれまでずっとソロでこのD・ゲームを闘ってきた。しかしイベントに於いてはソロで勝ち抜くには限界が来てしまったというわけだ。
同じ学校の後輩であり、他のクランによる介入や繋がりもなく、デュエルモンスターズ全国7位という実績もある遊緋は格好の候補だったのだろう。

「イベントで勝てなければ“金色の王”にはなれない。この大前提がある以上、D・ゲームはクランによる勢力争いがメインのゲームということになるわ。だから私はキミと一緒に私達のクランを立ち上げることにしたのよ」

そう言えば昨日そんなことを紅羽は言っていたな、と思い出す。

確かに強い信頼関係で結ばれたクランを結成するのが、イベント攻略への近道だろう。
またクランが巨大であればあるほど、人員も多く優秀なデュエリストが集まりやすくなるため、イベント攻略に近付く。
D・ゲームの本質がクランの勢力争いにある、というのは多分真理なのだろう。

「分かりました。ボクもクラン結成に異存はありません。あ、そうだ。城之内くん達もボクらと一緒に組まない?」

遊緋は「いいですよね?」とまず紅羽に訊く。
紅羽はそれには答えず、城之内達に視線を向けた。

それに対し城之内は困ったような表情。

「せっかくだけど、俺達には俺達の目的がある。今はまだアンタらのクランには入れねー」

城之内は本当に申し訳なさそうな顔を遊緋に向ける。
その顔を見れば、こちらに何か含むものがあって断っているわけではないことは分かる。しかしそれにしても城之内達と一緒に闘えないのは残念でならない。

「皆それぞれ事情を抱えて参戦しているんだもの、仕方ないわ」

紅羽が慰めるように言う。その声はまるで母親が子供に言うように優しい。

だがその顔はすぐに切り替わった。
元の気高く美しい紅羽に戻り、携帯を操作する。

ピロリンと遊緋の携帯が鳴り、見てみると紅羽からのメールが来ている。
開けてみると、それはクランへの招待状だった。

クランの名前の欄には『オシリス・レッド』と表示されている。

「それが私達のクランの名前よ。伝説の神のカードの一柱から名前を取ったのだけれど、どうかしら?」

「レッドっていうのは?」

「クランリーダーになれるのはBランク以上のデュエリストよ。そしてAランク以上のデュエリストがクランリーダーのクランには、他のクランと区別するために一つ色を与えられるの。ウチのは赤」

本田が「へー」と初めて知った風の様子。

「つまり『赤のクラン―オシリス・レッド』ってわけか……」

「『赤のクラン―オシリス・レッド』……」

遊緋も、これから自分が背負っていく旗の名を反芻してみる。

「良いと思います、すごく」

遊緋が言うと、思わず城之内達まで見とれてしまうほど、紅羽は嬉しそうににっこり笑った。

ここに、これからこの舞網市で旋風を巻き起こすことになる新進気鋭のクランーーー『赤のクラン―オシリス・レッド』が誕生した。

旗を掲げるは不死鳥の女神。そしてその傍らには小さな騎士の姿。

遊緋達の本当の闘いが今まさに始まったのである。
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