訪問者　作：はにわ改

　
ーーデュエル・アカデミア、その体育館の特設デュエル場にて、生徒会長・神楽坂刹那と挑戦者である遊戦名透矢のデュエルが始められている。
全校生徒がその頂上決戦を見守っており、いつもならば帰りの生徒で賑わうはずの夕時のアカデミアのキャンバスは、不気味な程の静寂さを保っていた。

ーーそんなアカデミアの校門前に、一台の横に長い黒の高級車がその走りを止める。
すぐに助手席から人目を引きそうな待女ドレスに身を包んだ、つぶらな瞳を面に持つ女性が降り、
静かだが速やかな足取りで後部座席のドアを開いた。

「・・・到着なさいました、『久遠(くおん)』お嬢様」

ドアを開いて押さえたまま頭を低くする待女。
すると中からきらびやかな金髪を優雅に靡かせながら、その女性は地に降り立った。

「ーーありがとう、蓮華さん」

サングラスの奥にあるきりりとした目を細めつつ、待女に声をかける。

待女・更科蓮華(さらしな れんげ)がそう呼んだ『久遠』というその女性。
歳はまだ十代後半といった若さであるが、一級品であろうスーツ姿にネクタイを絞めた姿は、大人びた雰囲気を与え、
さらにその佇まいや面持ちには他者がそうと見て認めてしまいそうな自信、
そしてそんな他者とは違った世界に住む者という風格に満ちている。

実際に十は年上であろう蓮華は、それが仕事・役割とはいえ完全に敬服しているかのような様子だ。

「さ、『フレッド』。
頭をぶつけないように気を付けてね」

すると久遠は後部座席に座っていたもう一人にそう声をかける。

わざわざそう注意したのは、彼の座高が『日本人のそれ』とは違って一回り以上も高いからだ。
久遠に導かれるように降り立ったのは、百九十センチにも至る長身の白人男性。
久遠も年頃の女性としてはかなり身長が高いが、彼はそれの更に頭一つ分高いのだ。
しかし顔立ちはまだ未成熟な幼さが感じられ、恐らく歳は久遠とそう変わらないのだろう。

「ーー久遠、ここが刹那の通う日本のデュエル・アカデミアか」

「ええ」

「綺麗なところじゃないか」

「そうかしら？
まぁ、他のアカデミア日本校と比べれば、ね」

『フレッド』と呼ばれたその男性は、一目見て少なくとも異国の血が流れた人間と分かる。
だが流暢な日本語は全く違和感を感じさせないものであり、日本人と比べても遜色のないものだ。

「さ、急ぎましょ、フレッド。
もう、デュエルが始まっているはずだわ」

「ああ」

「もう・・・飛行機が遅れさえしなければ、ゆっくり出来たのに。
お陰で帰国してそのまま直行だなんて」

ーー車内の広いスペースには二人の旅行カバンを始めとした荷物が積まれていた。
話からすると二人は外国に滞在しており、今日帰国、いやあるいは来日したということか。
遅れたという飛行機に不満を露にしながら、久遠はフレッドを伴って歩き出す。

「ーーあ、良かったら蓮華さんもいかが？」

「は？
私も、ですか？」

「ええ、『刹那お姉さま』のデュエルが見られるのよ？
気になるでしょ？」

神楽坂の待女である蓮華を誘う久遠。
財閥・神楽坂家の娘であるこのデュエル・アカデミアの生徒会長、刹那。
その刹那を姉と呼ぶ、久遠。
すなわち久遠は妹であり、刹那と同じく財閥の令嬢ということになる。
それについての証明は容易。
久遠の『顔』を見れば、誰もが納得するからだ。

「いえ、私はここでお帰りをお待ちしております」

「あら、そう。
残念ね。
それじゃ少しの間、留守をお願いします。
ーーもっとも、刹那お姉さまの相手次第ではすぐに帰ってくるかも、だけど」

「承知しました」

良く言えば引き際よく、悪く言えば素っ気ない久遠の態度に、蓮華は深々と頭を下げつつ二人を見送った。

そうして部外者であるはずの久遠とフレッドの二人は、何の躊躇いもなく門を潜り抜けた。

するとキャンバスを歩く途中、久遠は周りを一瞥した後、
フレッドの腕に自らの腕を絡ませて寄り添うように歩く。

「・・・久遠、あまりくっつかないでくれ」

「どうして？」

「君と俺はそんな関係ではないだろう」

「冷たい言葉ね。
私の気持ちは知ってるくせに？」

美男子・美少女という言葉がぴったりの二人。
腕を絡ませて町中を歩けばまさにお似合いのカップル、というところだが、フレッドはあからさまに拒否反応を示した。

「・・・君こそ、俺の気持ちは知っているはずだ」

「ええ、知っているわよ。
でもどうして私じゃいけないのかしら？」

「・・・君と、刹那は違う」

「『同じ顔』をしてるのに？」

「だが、違う。
君と刹那は違う人間なんだ」

「・・・そう。
でも私の事は見てくれないのね」

「久遠・・・っ」

「いいよ、フレッド。
ちょっと遊んでみたかっただけだから」

そう言って、フレッドから離れる久遠。
それ以降はフレッドを見なくなった久遠に対して、フレッドはどこか重しのあるような眼差しで久遠を見遣っていた。

「さて、お姉さまがメールで言ってきた男ってどれ程の人なのかしら」

「さぁな。
だがあの刹那が一目置くのだから、ただ者ではないだろうな」

「もし、フレッドよりいい男だったら、乗り換えようかな」

「・・・そうか」

「冗談よ。
フレッドよりいい男なんているわけないわ」

フレッドの態度に対するささやかな久遠の反抗も、
冷ややかに返されて、久遠は苦笑いを見せた。
やがて二人はデュエルが行われているという体育館に足を進める。

漏れた歓声が二人の耳に響き、人知れずその中に紛れる。

ーー生徒会大戦に秘められた隠された意図、
そしてそれに連動するように姿を見せた神楽坂のもう一人の双頭。

刹那と戦う透矢は知らず知らずの内に一つの宿命に巻き込まれようとしていた。