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2-8:真夜中の悲鳴 作:氷色
*
目を開けると、見えたのはやはりいつもの自室の天井。数分前と変わらぬ、闇に包まれた自分の部屋。
押し入れの中ではアスナがそろそろ寝息を立て始めているかもしれない。
今日あった出来事を思い出していれば、その内自然とまた寝られるかと思ったが、どうやら甘かったらしい。ユウゴが再びむくりと体を起こした。
今日の回想を終えて分かったのは、とにかく色々なことがあった一日だったということだけだ。
「なんて日だッ!!」
そう叫び出したい気分。
学校ではデュエリストが集まった部に入れと言われ、DMCDには危険人物としてマークされ、アスナが監視係としてクラスメートになったばかりか同居することになり、最後にはこの世界が歴史をねじ曲げられた後の世界だって?
到底ただの男子高校生に許容できる範疇ではない。
ユウゴはため息をついた。
もちろん現状の煩わしい事柄と戦う気などない。というか、ユウゴ一人でどうにかできることでもない。いつも通り、できるだけ目立たないように努力しながら享受できるだけの平和を泳いでいくしかないのだ。その過程でなんとかなればしめたもの、ならなければ諦めればいい。
それがユウゴの人生観なのだから。
ふと、窓の外で何かが光ったような気がして、ユウゴは窓際に立った。
そこから外を見ると、そう遠くないビルとビルの間で何かが蠢いているように見えた。
「なんだ、あれ……」
声ではなく唇が擦れるような小さな呟き。
しかしそれに呼応するように、押し入れの戸が勢いよくスパンッと開いて、ユウゴの肩が跳ねる。
振り向くとアスナもこちらを見ていた。
「これは……魔力の気配だ。ここからそう遠くはない」
さっきまで自前の花柄のパジャマを着ていたはずだが、アスナはすでに普段着に着替えていた。
まさかーーとは思うが、それより早くアスナはユウゴの首根っこを掴む。
「行くぞ、ユウゴ」
「なっ、ちょ、待てーー」
まるでこちらが断ることを最初から予測していたかのような行動だった。
抵抗しようとするが、魔力で強化されているアスナの力は強く、服の襟元を掴む手はビクともしない。
そのままズルズルと引きづられてしまう。流石にこれは情けない格好だ。
「わ、分かった。行くから、自分で歩かせてくれ!」
どうやらロッカはまた仕事に戻ったらしく、すでに不在だった。
外に出ると、アスナはようやくユウゴを離した。
尻餅をつくユウゴを他所にアスナが叫ぶ。
「剣姫ッ!!」
すると一陣の旋風が吹き、まるで控えるように膝をつく女性が現れた。
『ここに』
髪の毛から爪先まで真っ白の女ーーアスナの精霊“剣姫”だ。
「辺りの警戒を」
アスナが短く指令を伝えると、剣姫は恭しく頭を下げすぐにそれを実行するため飛び出していった。
こうして見ると、デュエリストと精霊は主従の関係なのだと改めて感じる。
剣姫の態度は完全に従者のそれだ。恋人か何かのように接してくるマナとはずいぶん違う。
これが精霊の個性によるものなのか、はたまたユウゴがマナに舐められているだけなのか。
「魔力の気配だって言ったな、またエビル・デーモンのような暴走精霊が出たのか?」
立ち上がったユウゴが状況を確認しようとする。
「かも知れん。だが必ずしも精霊とは限らん。魔力を行使できる存在は他にもいるだろう?」
「まさか……」
アスナの言わんとすることはユウゴにも分かった。
精霊以外に魔力を使えるものなど、一つしかない。
「ーーデュエリスト」
ユウゴの呟きを確認すると、アスナは先導するように動き出す。
「どちらにせよ、行ってみれば分かることだ」
ユウゴは胸に去来する一抹の不安を押さえ込み、アスナの後を追った。
*
「あいつ、マジで、なんて、脚してんだ……!」
走り出したのはほとんど同時だったはずなのに、ユウゴはあっという間にアスナに引き離された。
身体能力が魔力により強化されているのも同じなはずだが、訓練で鍛えられているアスナと普段大して運動をしていないユウゴとでは基本的なスペックにここまで差かあるものか。
ユウゴはなんとかその姿を見失わないように追いすがるのがやっとだ。
しかし、ゴールはそう遠くはなかった。
しばらく走ると、“それ”は見えてきた。
「なんだ、ありゃ……」
“それ”はドーム状の何か。
そこはウチから少しだけ離れた所にある公園だった。
その公園が半透明に透けた黒いドーム状の何かにすっぽりと覆われている。
『これは結界ですよぅ』
声がして振り返ると、いつのまにかマナが姿を現していた。
公園の入口でようやくアスナと合流する。
『アスナちゃ~ん』
マナが再会を喜ぶように抱きつく。
アスナは迷惑そうな顔をしてはいるものの、無理矢理引き剥がすようなことはない。
ユウゴ自身、マナに会うのは久しぶりに感じる。エビル・デーモン戦直後ユウゴが倒れて以来なのでまだ1日半しか経ってはいないのだが、彼女のキャラクターが濃すぎるせいかこの1日半に色々あったからなのか。
「ずいぶん姿を見せなかったな、どうしてたんだ?」
ユウゴがマナに訊くと、答えたのはアスナだった。
「マナが姿を見せなかったのはお前のためだ、ユウゴ」
「俺のため?」
「精霊が実体を得て姿を現すには契約者の魔力を使わねばならん。エビル・デーモンとの戦いでかなりの魔力を消耗していた上に、アンリの治療でも魔力を使ったお前にはそんなことに魔力を割いている余裕などなかった。だから魔力がある程度回復するまでは精霊達は姿を現さなかったのだ」
魔力は人間の活力と密接に関係している。
魔力で身体強化しているデュエリストでも、魔力が底を尽きかけた状態では常人以下の体力になるし怪我の治りも遅くなる。
そのためマナやクリボーもそんなユウゴを気遣って姿を現さなかったということだ。
断じて作者がマナを登場させる機会を失い、すっかり忘れていたとか、そういうことではない。
「そっか。サンキュな」
ユウゴがマナにはにかむと、マナは頬を赤らめた。
『マナは寂しかったですよぅ、マスターに会えなくてぇ。でも会えない時間が愛を育むとも言われてーー』
「それで結界って何なんだ?」
『ああん、マスターが冷たいぃ!でもそんなとこも嫌いじゃないぃん!』
しなを作り始めたマナをさらっとスルーするユウゴ。それに逆に身悶えるマナ。
どうやらこの魔法少女には少々Mっ気があるようだ。
「結界とは、デュエリストとなった者がまず身に付けるべき基本的な技能の一つだ。デュエルを行う際、こうしてその周囲を魔力で覆うことで一般人への被害を防ぐことができる」
未だくねくねと体を振るマナを無視してアスナがユウゴの問いに答える。
「じゃあこれ中のデュエリストがやってんのか……」
恐る恐るそのドームに触れてみるが、何の感触もない。
だが、透けた先に誰かがいるのは分かった。
「結界には、中での戦いの余波を外にまで波及させないようにする他に外の一般人に認識阻害をかける目的もある。この結界内で何が起ころうと、魔力を持たない者には中のことを認識することはできない。故に間違っても一般人が中に入ってくることはない」
つまりはこの結界の中にいる人間がいるとしたら、そいつは確実にデュエリストかそれに近い魔力の持ち主ということになる。
『エビル・デーモンとの戦いの時はアスナちゃんが結界を張っててくれたんですよぅ。中からはこんな風には見えないから分かんないですよねぇ』
ようやくこちら側に戻ってきたマナがユウゴの隣に来る。
「では入ってみるか」
言うとアスナはスタスタと結界内に入っていく。
「あっ、ちょ、待てよ」
それに釣られるようにしてユウゴもその魔力のカーテンをくぐった。
何の違和感もない。
中に入ってしまえば、マナの言う通り結界のドームは綺麗さっぱり見えなくなるようだ。
アスナを先頭にユウゴ達は普通に真夜中の公園に入っていく。
ここはそう大きな公園ではない。
入口からすぐに全体像を把握できる。中心に少し広いスペースがあり、その周りに砂場や少々の遊具があるだけのどこにでもある児童公園。
その丁度真ん中辺りにすらっとした人影が一人佇んでいた。
ユウゴにはそのシルエットに見覚えがあった。
「あんたは……!」
ユウゴが声を上げると、その人物はそちらに視線を向ける。
「ずいぶんと騒がしいと思えば、お前達か」
ユウゴより少し高い身長。黒髪は目にかかるかかからないか程の長さ。その立ち姿は背筋が伸びており、実直で生真面目な性格が伺える。もう真夜中だというのに、まだ学校の制服姿。しかもまるで下ろし立てのようにシワひとつない。
そう、彼はカードゲーム部で場のバランスを取る役割を担っていた唯一の男子部員にして副部長。
名前は確かーー
「ーー沢渡……先輩」
「そうか、この辺りはお前のテリトリーということか」
沢渡ケンゴは辺りを見渡すように言う。
「テリトリー?」
「この辺はお前の狩場なんだろう?」
ケンゴの言葉の意味を理解しかねるユウゴに、アスナが厳しい表情で答えてやる。
「精霊を狩る、という意味だ。最近では倫理上あまり使われない言葉だがな」
それでユウゴも理解した。
テリトリーとは、各デュエリストが屈服させて力を得ることを目的に精霊を探して行動する領域ということだろう。まるで獣の縄張りのようだ。それにはその縄張りを侵す者を排除せんという攻撃的なニュアンスがある。
しかしそれよりもユウゴがひっかかったのは、“狩り”というその表現だ。
まるで精霊との戦いがゲームか何かのようだ。ユウゴにとって精霊との戦いは、避けられない状況に陥って初めて行う緊急的なものだった。しかし“狩り”という言葉にはそれを楽しんでいるかのような意味合いが見て取れ、ユウゴに違和感を与えた。
「そんなんじゃないです」
反論の声が固い。不快感が露骨に出てしまった。
それを取り繕うように続ける。
「ところで先輩は、こんなところで何を?」
「愚問だな。デュエリストがこんな時間にこんなところにいる理由は一つしかないだろう」
ケンゴが体勢をずらすと、そこには異形が地に伏せていた。
一見すれば、それは蜘蛛に見えた。
六本の足と二本の腕を持ち、体長60センチほどの蜘蛛だ。
しかし、それは明らかに蜘蛛ではなかった。何故ならそれはまるで子供用のブロック玩具で作られたようなデフォルメされた蜘蛛だったからだ。
「デュエルモンスター……の精霊……」
決して恐ろしい姿ではないものの、普通ではあり得ないその異形に、ユウゴは即座にそう判断を下した。
「《ブロック・スパイダー》。レベルもレートも1だな」
デュエルディスクを兼ねた端末で調べた照会結果でアスナがそれを補足する。
ブロック・スパイダーはすでにボロボロで、倒れたまま動かない。
どうやらケンゴによってすでに屈服させられたようだ。
「やはりその程度の小物か。どうりでつまらん相手だと思った」
屈服させた相手を見下ろすケンゴの目は冷たい。まるで本物の虫けらを見るような目だ。
「興が削がれた。今夜はもうやめだ。お前達ももう帰っていいぞ。俺もこのクズを始末したら帰る」
言ってブロック・スパイダーを靴先で小突くケンゴ。
「なっーー!」
その仕打ちにユウゴはつい前のめりになる。
しかしその動きはブロック・スパイダーが僅かに上げた呻き声によって止められた。どうやら飛んでいた意識が今ので戻ってきたらしい。
『わては、一体……』
一瞬、記憶に齟齬が生じたのか戸惑いを見せるブロック・スパイダーだったが、視線がケンゴを捉えた途端、『ひっ』と悲鳴を上げて後ずさった。
「大丈夫かッ!?」
その様子にユウゴは思わず駆け寄る。
ブロック・スパイダーを助け起こすと、ケンゴを睨み付けた。
そのケンゴは不快そうにその目を見詰める。
「なんだ、その目は?言いたいことがあるなら言うといい」
「じゃあ言わせてもらいます。始末するってどういう意味ですか?」
ユウゴの問いに、ケンゴは表情を崩さぬまま答える。
「そのままの意味だ。そのザコを俺の手で消滅させる」
「消滅させるって……殺すってことですかッ!?」
ケンゴは煩わしそうに僅かに眉を寄せる。
「デュエルの敗者は勝者に全てを奪われるーーそれが不文律だ。例えそれが自身の生殺与奪の権利であったとしてもな」
「だからと言って、殺さなくてもいいでしょう!?そうだ、契約して力を貸してもらえばいいじゃないですか!」
ユウゴは、デュエルに負けた精霊は例外なくデュエリストと契約してその所持精霊になるのだと思っていた。
そうではないとしても、何も殺すことはあるまい。
しかしケンゴは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「その精霊のレベルを聞いていなかったのか?そいつはレベル1ーーモンスターとしての強さは最底辺のザコだ。そんな精霊と契約したところで大したカードなど生まれん。それを囲うなど魔力の無駄遣いもいいところ。利用価値がないのならば、将来こいつが暴走し一般人に被害を与える可能性を考えてもここで駆除しておくのは間違った選択ではない」
無口だとばかり思っていたケンゴの口からそんな言葉がさらさらと語られる。
しかしそこに込められているものは、ただユウゴの気持ちを逆撫でするだけだった。
『わ、わては他の人に迷惑なんかかけてまへんで!デュエルを仕掛けてきはったのは、ケンゴはんの方やないですかーーヒィっ!』
ユウゴの背中に隠れながらブロック・スパイダーが反論の声を上げるが、ギロッと睨み付けるケンゴの一瞥に縮み上がる。
『た、助けてくんなはれ~。わてはホンマに悪いことはしてへんのです~』
バネ仕掛けのように伸びる両手で頭を押さえ震えるブロック・スパイダー。
こてこての関西弁(?)は気になるが、その様子は庇護欲を駆り立てる。
「レベル1の……ザコ?価値がない?それ本気で言ってるんですか?」
ユウゴは怒りとも哀しみともとれない表情でケンゴを見つめていた。
「だとしたら、どうする?」
「失望します。カードゲーム部には入るつもりはありませんでしたが、あなた方のことは良い人達だと思ってました。あなたは命の重みが分からないんですかッ!?」
そう叫ぶユウゴに、ケンゴは「理解できない」とばかりに鼻を鳴らす。
「そう興奮するなよ。こんなことはお前の踏み込んだこのデュエリストの世界では日常茶飯事だ」
「 デュエルに勝ちさえすれば何してもいいわけじゃないはずだッ!!レベルが低いとか利用価値がないとか、そんなことで一つの命を奪う権利なんて例えデュエルの勝者だからってあるわけないッ!!」
ユウゴの気持ちの昂りに呼応したのか、ポンという破裂音とともにその頭上にクリボーが現れた。
『ク~リ~( ̄皿 ̄)』
その表情には明確な怒りが見える。
更にはマナもユウゴに賛同するように傍に寄る。
こちらもケンゴを見つめる視線に明らかな敵意がこもっている。
アスナは無言のまま動こうとはしないので、構図としては4対1だ。
その様子を見たケンゴは「ああ……」と納得したように呟いた。
「そう言えばお前もレベル1のザコ精霊を所持していたんだったな」
明らかにそれはクリボーを指した嘲りの言葉。
表情もまたゲスというに相応しい笑みに歪んでいる。
「判官贔屓の身内贔屓か。こちらこそ、お前には失望したよ。レート6+という大物を倒したと聞いていたから、もう少し骨のある奴だと思っていたが……。何のことはない、素人丸出しの甘ちゃんか」
まるで挑発しているかのようなケンゴは下卑た笑い。
ユウゴはそんなケンゴに軽蔑の眼差しを禁じ得ない。
ケンゴは諦めたように一息付き、すっと笑みを消した。
「これ以上問答を続けても無意味だな。退け」
じゃりっと一歩を踏み出す。
その瞳に宿るのは、敵意と呼ぶには苛烈な炎。放たれるのは押し潰されそうなプレッシャー。
しかしユウゴはブロック・スパイダーを背に庇い道を譲る気配はない。それはクリボーもマナも同じ。
当然だ、ここで道を譲れば確実に目の前で一つの小さな命が失われるだろう。ブロック・スパイダーには、たったいま出会ったばかりでどんな奴だかも知らないが、それでもユウゴにはそれを見過ごすことなどできない。
それはユウゴの理性ではなく、もっと彼の奥深くから湧き出る根本的な衝動であった。
「退け」
もう一度ケンゴが告げる。
前よりも勢いを増したプレッシャーを放ちながら、更に一歩距離を縮める。
「退きません」
ユウゴは一歩も引かなかった。
チッ、とケンゴが小さく舌を打つ。
「問答は無駄だと言ったろう。そんなに俺に抗いたいならーー」
言って、デュエルディスクを眼前に構えた。
「ーーデュエルで俺に勝つしかないぞ」
「デュエルで……分かりました、やります!ただし俺が勝ったらもうこういうことはしないと誓ってください!」
普通なら、見ず知らずの精霊のために命を掛ける必要があるデュエルなど受けないだろう。
命を蔑ろにするケンゴは許せない。そうユウゴも頭に血が昇っているが、それより何よりここでケンゴからブロック・スパイダーを守るにはそれしか方法はない。
「良いだろう。逆に俺が勝ったら、お前にはカードゲーム部に強制入部してもらう。異存はないな?」
ケンゴはニヤリと口元を緩ませる。
自分が負けるなどとは微塵も思っていないというのがその表情からも分かる。
「分かりました。アスナ!デュエルディスクを!」
アスナのデュエルディスクを借り受けると、デッキをセットしてそれを展開する。
「こうなってはもう後戻りはできぬ。覚悟を決めろ、ユウゴ」
デュエルにはいくつか不文律というものが存在する。
その一つが“アンティ”だ。
デュエルの勝敗に何かを賭ける行為を指す言葉だが、魔力が介在する現在のデュエルはただのカードゲームだった30年前とは異なり呪術的な意味合いもある。そこに賭けられたものには呪術的な強制力が働き決して反故にはできず、必ず実行しなければならない。
そして一度、賭けたものは決してキャンセルできない。
ユウゴとケンゴの間にこのアンティが成立した以上、もはやデュエルを取り消すことは不可能なのだ。
「ああ、分かってる。あんな最低な人には絶対に負けない!」
アスナの激励に頷いて、ユウゴは同じくデュエルディスクを展開させたケンゴと対峙する。クリボーとマナも後に続く。
判官贔屓だと言われようが、今まさに奪われそうな命を放ってはおけない。
身内贔屓だと言われようが、クリボーを馬鹿にされて黙ってはいられない。
何より、自分のせいで誰かが傷付いたり死んだりするのは二度と御免だ。ここでブロック・スパイダーを見殺しにしたら、きっと明日の自分は悔やむだろう。
父さんを見殺しにした、あの時と同じように。
何も出来なかったあの頃とは違う。非力だった子供の頃とは違うのだ。
今はマナやクリボーが力を貸してくれる。
「俺は……戦える!!」
忌まわしい記憶を振り払うように、ユウゴは瞳に闘志を宿す。
それを確認したのか、ケンゴも薄笑いを消して厳しい顔付きを取り戻す。
「準備はいいか?」
「はい、いつでも」
二人は互いにデュエルディスクを掲げ、声を上げた。
「デュエル!!」
目を開けると、見えたのはやはりいつもの自室の天井。数分前と変わらぬ、闇に包まれた自分の部屋。
押し入れの中ではアスナがそろそろ寝息を立て始めているかもしれない。
今日あった出来事を思い出していれば、その内自然とまた寝られるかと思ったが、どうやら甘かったらしい。ユウゴが再びむくりと体を起こした。
今日の回想を終えて分かったのは、とにかく色々なことがあった一日だったということだけだ。
「なんて日だッ!!」
そう叫び出したい気分。
学校ではデュエリストが集まった部に入れと言われ、DMCDには危険人物としてマークされ、アスナが監視係としてクラスメートになったばかりか同居することになり、最後にはこの世界が歴史をねじ曲げられた後の世界だって?
到底ただの男子高校生に許容できる範疇ではない。
ユウゴはため息をついた。
もちろん現状の煩わしい事柄と戦う気などない。というか、ユウゴ一人でどうにかできることでもない。いつも通り、できるだけ目立たないように努力しながら享受できるだけの平和を泳いでいくしかないのだ。その過程でなんとかなればしめたもの、ならなければ諦めればいい。
それがユウゴの人生観なのだから。
ふと、窓の外で何かが光ったような気がして、ユウゴは窓際に立った。
そこから外を見ると、そう遠くないビルとビルの間で何かが蠢いているように見えた。
「なんだ、あれ……」
声ではなく唇が擦れるような小さな呟き。
しかしそれに呼応するように、押し入れの戸が勢いよくスパンッと開いて、ユウゴの肩が跳ねる。
振り向くとアスナもこちらを見ていた。
「これは……魔力の気配だ。ここからそう遠くはない」
さっきまで自前の花柄のパジャマを着ていたはずだが、アスナはすでに普段着に着替えていた。
まさかーーとは思うが、それより早くアスナはユウゴの首根っこを掴む。
「行くぞ、ユウゴ」
「なっ、ちょ、待てーー」
まるでこちらが断ることを最初から予測していたかのような行動だった。
抵抗しようとするが、魔力で強化されているアスナの力は強く、服の襟元を掴む手はビクともしない。
そのままズルズルと引きづられてしまう。流石にこれは情けない格好だ。
「わ、分かった。行くから、自分で歩かせてくれ!」
どうやらロッカはまた仕事に戻ったらしく、すでに不在だった。
外に出ると、アスナはようやくユウゴを離した。
尻餅をつくユウゴを他所にアスナが叫ぶ。
「剣姫ッ!!」
すると一陣の旋風が吹き、まるで控えるように膝をつく女性が現れた。
『ここに』
髪の毛から爪先まで真っ白の女ーーアスナの精霊“剣姫”だ。
「辺りの警戒を」
アスナが短く指令を伝えると、剣姫は恭しく頭を下げすぐにそれを実行するため飛び出していった。
こうして見ると、デュエリストと精霊は主従の関係なのだと改めて感じる。
剣姫の態度は完全に従者のそれだ。恋人か何かのように接してくるマナとはずいぶん違う。
これが精霊の個性によるものなのか、はたまたユウゴがマナに舐められているだけなのか。
「魔力の気配だって言ったな、またエビル・デーモンのような暴走精霊が出たのか?」
立ち上がったユウゴが状況を確認しようとする。
「かも知れん。だが必ずしも精霊とは限らん。魔力を行使できる存在は他にもいるだろう?」
「まさか……」
アスナの言わんとすることはユウゴにも分かった。
精霊以外に魔力を使えるものなど、一つしかない。
「ーーデュエリスト」
ユウゴの呟きを確認すると、アスナは先導するように動き出す。
「どちらにせよ、行ってみれば分かることだ」
ユウゴは胸に去来する一抹の不安を押さえ込み、アスナの後を追った。
*
「あいつ、マジで、なんて、脚してんだ……!」
走り出したのはほとんど同時だったはずなのに、ユウゴはあっという間にアスナに引き離された。
身体能力が魔力により強化されているのも同じなはずだが、訓練で鍛えられているアスナと普段大して運動をしていないユウゴとでは基本的なスペックにここまで差かあるものか。
ユウゴはなんとかその姿を見失わないように追いすがるのがやっとだ。
しかし、ゴールはそう遠くはなかった。
しばらく走ると、“それ”は見えてきた。
「なんだ、ありゃ……」
“それ”はドーム状の何か。
そこはウチから少しだけ離れた所にある公園だった。
その公園が半透明に透けた黒いドーム状の何かにすっぽりと覆われている。
『これは結界ですよぅ』
声がして振り返ると、いつのまにかマナが姿を現していた。
公園の入口でようやくアスナと合流する。
『アスナちゃ~ん』
マナが再会を喜ぶように抱きつく。
アスナは迷惑そうな顔をしてはいるものの、無理矢理引き剥がすようなことはない。
ユウゴ自身、マナに会うのは久しぶりに感じる。エビル・デーモン戦直後ユウゴが倒れて以来なのでまだ1日半しか経ってはいないのだが、彼女のキャラクターが濃すぎるせいかこの1日半に色々あったからなのか。
「ずいぶん姿を見せなかったな、どうしてたんだ?」
ユウゴがマナに訊くと、答えたのはアスナだった。
「マナが姿を見せなかったのはお前のためだ、ユウゴ」
「俺のため?」
「精霊が実体を得て姿を現すには契約者の魔力を使わねばならん。エビル・デーモンとの戦いでかなりの魔力を消耗していた上に、アンリの治療でも魔力を使ったお前にはそんなことに魔力を割いている余裕などなかった。だから魔力がある程度回復するまでは精霊達は姿を現さなかったのだ」
魔力は人間の活力と密接に関係している。
魔力で身体強化しているデュエリストでも、魔力が底を尽きかけた状態では常人以下の体力になるし怪我の治りも遅くなる。
そのためマナやクリボーもそんなユウゴを気遣って姿を現さなかったということだ。
断じて作者がマナを登場させる機会を失い、すっかり忘れていたとか、そういうことではない。
「そっか。サンキュな」
ユウゴがマナにはにかむと、マナは頬を赤らめた。
『マナは寂しかったですよぅ、マスターに会えなくてぇ。でも会えない時間が愛を育むとも言われてーー』
「それで結界って何なんだ?」
『ああん、マスターが冷たいぃ!でもそんなとこも嫌いじゃないぃん!』
しなを作り始めたマナをさらっとスルーするユウゴ。それに逆に身悶えるマナ。
どうやらこの魔法少女には少々Mっ気があるようだ。
「結界とは、デュエリストとなった者がまず身に付けるべき基本的な技能の一つだ。デュエルを行う際、こうしてその周囲を魔力で覆うことで一般人への被害を防ぐことができる」
未だくねくねと体を振るマナを無視してアスナがユウゴの問いに答える。
「じゃあこれ中のデュエリストがやってんのか……」
恐る恐るそのドームに触れてみるが、何の感触もない。
だが、透けた先に誰かがいるのは分かった。
「結界には、中での戦いの余波を外にまで波及させないようにする他に外の一般人に認識阻害をかける目的もある。この結界内で何が起ころうと、魔力を持たない者には中のことを認識することはできない。故に間違っても一般人が中に入ってくることはない」
つまりはこの結界の中にいる人間がいるとしたら、そいつは確実にデュエリストかそれに近い魔力の持ち主ということになる。
『エビル・デーモンとの戦いの時はアスナちゃんが結界を張っててくれたんですよぅ。中からはこんな風には見えないから分かんないですよねぇ』
ようやくこちら側に戻ってきたマナがユウゴの隣に来る。
「では入ってみるか」
言うとアスナはスタスタと結界内に入っていく。
「あっ、ちょ、待てよ」
それに釣られるようにしてユウゴもその魔力のカーテンをくぐった。
何の違和感もない。
中に入ってしまえば、マナの言う通り結界のドームは綺麗さっぱり見えなくなるようだ。
アスナを先頭にユウゴ達は普通に真夜中の公園に入っていく。
ここはそう大きな公園ではない。
入口からすぐに全体像を把握できる。中心に少し広いスペースがあり、その周りに砂場や少々の遊具があるだけのどこにでもある児童公園。
その丁度真ん中辺りにすらっとした人影が一人佇んでいた。
ユウゴにはそのシルエットに見覚えがあった。
「あんたは……!」
ユウゴが声を上げると、その人物はそちらに視線を向ける。
「ずいぶんと騒がしいと思えば、お前達か」
ユウゴより少し高い身長。黒髪は目にかかるかかからないか程の長さ。その立ち姿は背筋が伸びており、実直で生真面目な性格が伺える。もう真夜中だというのに、まだ学校の制服姿。しかもまるで下ろし立てのようにシワひとつない。
そう、彼はカードゲーム部で場のバランスを取る役割を担っていた唯一の男子部員にして副部長。
名前は確かーー
「ーー沢渡……先輩」
「そうか、この辺りはお前のテリトリーということか」
沢渡ケンゴは辺りを見渡すように言う。
「テリトリー?」
「この辺はお前の狩場なんだろう?」
ケンゴの言葉の意味を理解しかねるユウゴに、アスナが厳しい表情で答えてやる。
「精霊を狩る、という意味だ。最近では倫理上あまり使われない言葉だがな」
それでユウゴも理解した。
テリトリーとは、各デュエリストが屈服させて力を得ることを目的に精霊を探して行動する領域ということだろう。まるで獣の縄張りのようだ。それにはその縄張りを侵す者を排除せんという攻撃的なニュアンスがある。
しかしそれよりもユウゴがひっかかったのは、“狩り”というその表現だ。
まるで精霊との戦いがゲームか何かのようだ。ユウゴにとって精霊との戦いは、避けられない状況に陥って初めて行う緊急的なものだった。しかし“狩り”という言葉にはそれを楽しんでいるかのような意味合いが見て取れ、ユウゴに違和感を与えた。
「そんなんじゃないです」
反論の声が固い。不快感が露骨に出てしまった。
それを取り繕うように続ける。
「ところで先輩は、こんなところで何を?」
「愚問だな。デュエリストがこんな時間にこんなところにいる理由は一つしかないだろう」
ケンゴが体勢をずらすと、そこには異形が地に伏せていた。
一見すれば、それは蜘蛛に見えた。
六本の足と二本の腕を持ち、体長60センチほどの蜘蛛だ。
しかし、それは明らかに蜘蛛ではなかった。何故ならそれはまるで子供用のブロック玩具で作られたようなデフォルメされた蜘蛛だったからだ。
「デュエルモンスター……の精霊……」
決して恐ろしい姿ではないものの、普通ではあり得ないその異形に、ユウゴは即座にそう判断を下した。
「《ブロック・スパイダー》。レベルもレートも1だな」
デュエルディスクを兼ねた端末で調べた照会結果でアスナがそれを補足する。
ブロック・スパイダーはすでにボロボロで、倒れたまま動かない。
どうやらケンゴによってすでに屈服させられたようだ。
「やはりその程度の小物か。どうりでつまらん相手だと思った」
屈服させた相手を見下ろすケンゴの目は冷たい。まるで本物の虫けらを見るような目だ。
「興が削がれた。今夜はもうやめだ。お前達ももう帰っていいぞ。俺もこのクズを始末したら帰る」
言ってブロック・スパイダーを靴先で小突くケンゴ。
「なっーー!」
その仕打ちにユウゴはつい前のめりになる。
しかしその動きはブロック・スパイダーが僅かに上げた呻き声によって止められた。どうやら飛んでいた意識が今ので戻ってきたらしい。
『わては、一体……』
一瞬、記憶に齟齬が生じたのか戸惑いを見せるブロック・スパイダーだったが、視線がケンゴを捉えた途端、『ひっ』と悲鳴を上げて後ずさった。
「大丈夫かッ!?」
その様子にユウゴは思わず駆け寄る。
ブロック・スパイダーを助け起こすと、ケンゴを睨み付けた。
そのケンゴは不快そうにその目を見詰める。
「なんだ、その目は?言いたいことがあるなら言うといい」
「じゃあ言わせてもらいます。始末するってどういう意味ですか?」
ユウゴの問いに、ケンゴは表情を崩さぬまま答える。
「そのままの意味だ。そのザコを俺の手で消滅させる」
「消滅させるって……殺すってことですかッ!?」
ケンゴは煩わしそうに僅かに眉を寄せる。
「デュエルの敗者は勝者に全てを奪われるーーそれが不文律だ。例えそれが自身の生殺与奪の権利であったとしてもな」
「だからと言って、殺さなくてもいいでしょう!?そうだ、契約して力を貸してもらえばいいじゃないですか!」
ユウゴは、デュエルに負けた精霊は例外なくデュエリストと契約してその所持精霊になるのだと思っていた。
そうではないとしても、何も殺すことはあるまい。
しかしケンゴは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「その精霊のレベルを聞いていなかったのか?そいつはレベル1ーーモンスターとしての強さは最底辺のザコだ。そんな精霊と契約したところで大したカードなど生まれん。それを囲うなど魔力の無駄遣いもいいところ。利用価値がないのならば、将来こいつが暴走し一般人に被害を与える可能性を考えてもここで駆除しておくのは間違った選択ではない」
無口だとばかり思っていたケンゴの口からそんな言葉がさらさらと語られる。
しかしそこに込められているものは、ただユウゴの気持ちを逆撫でするだけだった。
『わ、わては他の人に迷惑なんかかけてまへんで!デュエルを仕掛けてきはったのは、ケンゴはんの方やないですかーーヒィっ!』
ユウゴの背中に隠れながらブロック・スパイダーが反論の声を上げるが、ギロッと睨み付けるケンゴの一瞥に縮み上がる。
『た、助けてくんなはれ~。わてはホンマに悪いことはしてへんのです~』
バネ仕掛けのように伸びる両手で頭を押さえ震えるブロック・スパイダー。
こてこての関西弁(?)は気になるが、その様子は庇護欲を駆り立てる。
「レベル1の……ザコ?価値がない?それ本気で言ってるんですか?」
ユウゴは怒りとも哀しみともとれない表情でケンゴを見つめていた。
「だとしたら、どうする?」
「失望します。カードゲーム部には入るつもりはありませんでしたが、あなた方のことは良い人達だと思ってました。あなたは命の重みが分からないんですかッ!?」
そう叫ぶユウゴに、ケンゴは「理解できない」とばかりに鼻を鳴らす。
「そう興奮するなよ。こんなことはお前の踏み込んだこのデュエリストの世界では日常茶飯事だ」
「 デュエルに勝ちさえすれば何してもいいわけじゃないはずだッ!!レベルが低いとか利用価値がないとか、そんなことで一つの命を奪う権利なんて例えデュエルの勝者だからってあるわけないッ!!」
ユウゴの気持ちの昂りに呼応したのか、ポンという破裂音とともにその頭上にクリボーが現れた。
『ク~リ~( ̄皿 ̄)』
その表情には明確な怒りが見える。
更にはマナもユウゴに賛同するように傍に寄る。
こちらもケンゴを見つめる視線に明らかな敵意がこもっている。
アスナは無言のまま動こうとはしないので、構図としては4対1だ。
その様子を見たケンゴは「ああ……」と納得したように呟いた。
「そう言えばお前もレベル1のザコ精霊を所持していたんだったな」
明らかにそれはクリボーを指した嘲りの言葉。
表情もまたゲスというに相応しい笑みに歪んでいる。
「判官贔屓の身内贔屓か。こちらこそ、お前には失望したよ。レート6+という大物を倒したと聞いていたから、もう少し骨のある奴だと思っていたが……。何のことはない、素人丸出しの甘ちゃんか」
まるで挑発しているかのようなケンゴは下卑た笑い。
ユウゴはそんなケンゴに軽蔑の眼差しを禁じ得ない。
ケンゴは諦めたように一息付き、すっと笑みを消した。
「これ以上問答を続けても無意味だな。退け」
じゃりっと一歩を踏み出す。
その瞳に宿るのは、敵意と呼ぶには苛烈な炎。放たれるのは押し潰されそうなプレッシャー。
しかしユウゴはブロック・スパイダーを背に庇い道を譲る気配はない。それはクリボーもマナも同じ。
当然だ、ここで道を譲れば確実に目の前で一つの小さな命が失われるだろう。ブロック・スパイダーには、たったいま出会ったばかりでどんな奴だかも知らないが、それでもユウゴにはそれを見過ごすことなどできない。
それはユウゴの理性ではなく、もっと彼の奥深くから湧き出る根本的な衝動であった。
「退け」
もう一度ケンゴが告げる。
前よりも勢いを増したプレッシャーを放ちながら、更に一歩距離を縮める。
「退きません」
ユウゴは一歩も引かなかった。
チッ、とケンゴが小さく舌を打つ。
「問答は無駄だと言ったろう。そんなに俺に抗いたいならーー」
言って、デュエルディスクを眼前に構えた。
「ーーデュエルで俺に勝つしかないぞ」
「デュエルで……分かりました、やります!ただし俺が勝ったらもうこういうことはしないと誓ってください!」
普通なら、見ず知らずの精霊のために命を掛ける必要があるデュエルなど受けないだろう。
命を蔑ろにするケンゴは許せない。そうユウゴも頭に血が昇っているが、それより何よりここでケンゴからブロック・スパイダーを守るにはそれしか方法はない。
「良いだろう。逆に俺が勝ったら、お前にはカードゲーム部に強制入部してもらう。異存はないな?」
ケンゴはニヤリと口元を緩ませる。
自分が負けるなどとは微塵も思っていないというのがその表情からも分かる。
「分かりました。アスナ!デュエルディスクを!」
アスナのデュエルディスクを借り受けると、デッキをセットしてそれを展開する。
「こうなってはもう後戻りはできぬ。覚悟を決めろ、ユウゴ」
デュエルにはいくつか不文律というものが存在する。
その一つが“アンティ”だ。
デュエルの勝敗に何かを賭ける行為を指す言葉だが、魔力が介在する現在のデュエルはただのカードゲームだった30年前とは異なり呪術的な意味合いもある。そこに賭けられたものには呪術的な強制力が働き決して反故にはできず、必ず実行しなければならない。
そして一度、賭けたものは決してキャンセルできない。
ユウゴとケンゴの間にこのアンティが成立した以上、もはやデュエルを取り消すことは不可能なのだ。
「ああ、分かってる。あんな最低な人には絶対に負けない!」
アスナの激励に頷いて、ユウゴは同じくデュエルディスクを展開させたケンゴと対峙する。クリボーとマナも後に続く。
判官贔屓だと言われようが、今まさに奪われそうな命を放ってはおけない。
身内贔屓だと言われようが、クリボーを馬鹿にされて黙ってはいられない。
何より、自分のせいで誰かが傷付いたり死んだりするのは二度と御免だ。ここでブロック・スパイダーを見殺しにしたら、きっと明日の自分は悔やむだろう。
父さんを見殺しにした、あの時と同じように。
何も出来なかったあの頃とは違う。非力だった子供の頃とは違うのだ。
今はマナやクリボーが力を貸してくれる。
「俺は……戦える!!」
忌まわしい記憶を振り払うように、ユウゴは瞳に闘志を宿す。
それを確認したのか、ケンゴも薄笑いを消して厳しい顔付きを取り戻す。
「準備はいいか?」
「はい、いつでも」
二人は互いにデュエルディスクを掲げ、声を上げた。
「デュエル!!」
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